お帰り、僕のフェアリー
伯父も僕も、結果的に彼女を追い詰めてしまったことにようやく気づいた。
僕はCatherine(カトリーヌ)の前から消えたほうがいい。
日本の祖父母が交通事故で急逝したのを弔うため、という名目で僕は日本へ帰国した。

以後も彼女は精神的に安定せず大変だったらしいのだが、それを側で支えたのが、今回彼女が結婚するAlain(アラン)!

僕は彼を知っていた。
まだフランスにいた頃、アランは伯父の会社でパタンナーとして勉強しはじめたのだ。
いかにもお育ちのいいPur Sang(純血)だったはず。

あのアランが……。
これ以上ない良縁じゃないか。
伯父もそう考えているらしく、今回の人事に繋がるのだろう。

そう思いながら伯父の話を聞いていると、さらに驚くべき話を聞かされた。
僕のデザインしたドレスを四苦八苦して形にしてくれていたのは、全てアランだったらしい。
彼は結婚式でカトリーヌの着るドレスを依頼したいそうだ。
僕は喜んで引き受けた。
今や伯父の会社で一番の腕を誇るアランと、立ち直った従妹の結婚だ、こんなにめでたいことはない。
心からの祝福を送る僕に、伯父は付け加えた。
僕を、副社長にする、と。

……いやいやいや。
アランでいいじゃないか。
いや、アランのほうが絶対いいから!
何度も言っているが、オートクチュールを扱う以上は、日本人の僕は前に出ないほうがいいんだ。

しかし伯父だけでなく、これは、カトリーヌとアランの意志でもあるらしい。
気まぐれにしかデザイン画を送らない僕に、もっと描け!とハッパをかけているのかもしれない。

いずれにせよ、伯父は会長に退き、カトリーヌが社長、僕は副社長、アランは専務ということになるらしい。
まだ当分日本を離れられない僕は、年に1度だけ会議に出席するために渡仏することが求められるらしい。
……それで莫大な役員報酬を受けていいのか?
今でも充分過ぎるほどの、株の配当金をもらっているのに。

僕はあまりの話に、返事をできなかった。
しかし、伯父達は本気だ。
結局、僕は伯父の熱意に押し切られてしまった。

こうして、ようやく僕にも大きな変化が訪れた。
僕はいきなり「副社長」になってしまった。
日本では何の役にも立たない肩書きかと思っていたのだが、今後在日フランス大使館からパーティーなどの招待状が届くようになる、と言われた。
現在の駐日大使のmadame(ご夫人)は昔からの伯父の顧客なんだそうだ。

参ったな。
本当に僕でいいんだろうか。
< 88 / 147 >

この作品をシェア

pagetop