お帰り、僕のフェアリー
夜、僕の部屋にやってきた静稀に事の顛末を話した。

静稀の反応は意外だった。
「よかった……」
と言って、泣いたのだ。

なぜ!?

「セルジュのこと、大好きよ。私は、セルジュが一生無職でもニートでも問題ないと思ってる。でも、どうしても、家族には言いにくかったの……」

初めて聞く静稀の葛藤は、僕に大きな衝撃を与えた。
「肩書きが必要ってこと?」

僕の言葉に不穏な響きを察知して、静稀は慌てて首を振る。
「違うの!……うちの家族が、異常に頭がかたいから……。」

僕は、ため息をついた。
そうか。
僕が高等遊民でいることは、やはり日本では外聞が悪いのか。
今更ながら僕は、感覚の違いに驚いてしまった。

「え~と、静稀のお父上は、公務員って言ってたっけ?」
たぶん、土地持ち山持ちの名家なんだろうけど。

静稀は、うなずいて、続けた。
「うん。だからどうしても頭が固いの。祖父はそれに輪をかけて厳格で。」

わかったわかった。
しかし公務員イコール厳格ってことにはならないだろうに。
僕の父だって、祖父だって、公務員だぞ。

うちは代々外交官を排出しているのだが、僕は一度たりとも外交官になろうと思ったことがない。
官費で特権階級を気取ってる馬鹿どもを幼少期に見て以来ずっと拒絶してきた。
もちろん父も祖父も尊敬してるし大好きだ。
でも、僕のもう半分の血Sang Bleu(青い血=貴族)が、似非特権階級と交わることを潔しとしなかったのだが……。
僕が、父と同じように外交官になっていれば、静稀は僕をすぐに家族に紹介してくれたのだろうか。

複雑な気持ちながら、静稀を抱きしめる。
「ごめんね、今まで全く気づかなかったよ。静稀、そんな風に思ってたんだね。早く言ってくれたら、伯父の会社の役員にしてもらえたのに。ずっと固辞してきたんだよ。」

静稀は、恥ずかしそうに言った。
「ううん、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。私はね、セルジュの貴族的なところも大好きなのよ。信じてね。」

信じるよ。
だから静稀、早くご家族に紹介しておくれ。
ちょっとまだ納得いかないけど、とりあえず、僕の新しい肩書きが2人の仲を公にするに足るというのなら、それでよかろう。

僕はこっそりため息をついた。

春はもうそこまでやってきている……・。



名古屋公演を終え、2日の休みを経て、静稀は次の大劇場公演の集合日を迎えた。

静稀は、とうとう恐れていた人との役替わりを言い渡されてしまった。
相手は3学年上の最強カネコネスターの渚さんだ。
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