お帰り、僕のフェアリー
「うちの父も祖父も、曽祖父も……維新後、我が家は代々外交官だ、ってことは話したっけ?」
「……はっきり聞いてないかもしれないけど、そうじゃないかな、って思ってた。」
「そっか。外交官って華やかな職業に聞こえるけど、けっこう大変でね。特に奥さんには、語学力だけじゃなくて教養と財力が求められるんだ。」

残念ながら、恋愛感情だけで乗り越えられない部分が多いことを僕は幼少時から見てきた。
外国で小さな日本社会を形成し、夫の役職がそのまま妻の階位となる。
あるいは、自宅で要人をもてなす機会もある。
シェフを雇っていても、自らフルコースを作らなければいけない状況もあるし、外国語で差配し、解説する必要もある。
できれば、しっかり日本文化を理解し身に付けた上で、それを外国に紹介できる手段を持つことが望ましい。

「特殊な環境に順応できる女性が必要だから、どうしても外交官は今もお見合いのクチが多いんだよ。」
同じく外交官の家族だったり、貿易関係だったり、海外勤務経験のある企業役員の娘さん達。
適当に語学留学してきただけの子じゃ役に立たないだろう。

「僕の母は、そういう意味では特殊だったから苦労したみたいだ。もともと体の強くない人だったのにいっぱい無理したんだろうね。」

元フランス貴族の家柄の母が、キャリアとは言え20代そこそこの下っ端の外国人官吏の妻になり、行事のたびに引っ張り出されて手伝わされる。
母は日本人外交官妻達のストレス発散のはけ口に虐められていたようだ。
伯父や祖父母からさんざん聞かされた話は、いっそう僕を外交官という職から遠ざけさせた。

「僕自身は外交官になるつもりもなかったし、どこかに就職する気もなかったから、これまでそんな話も回ってこなかったんだけどね。」

でも今回、伯父の会社に役職を得たことで、一変してしまった。
むしろ、どこの国に行かされるかわからない外交官よりも、優良物件とみなされているのかもしれない。

「今後も、たぶん、静稀とちゃんと結納を交わすまで、縁談は降るようにあると思う。でも、まず父が断れる限り断ってくれていることを知ってほしい。」

静稀は小さくうなずいた。
「ありがとう。父が仕事上断りきれない話は、今まで通り僕が潰すから。安心して。」

僕が噛んで含めるようにそう言うと、静稀はまた小さくうなずいた。

「信じてくれて、ありがとう。だからね、僕も静稀を信じてるから。おじいさんの顔を立ててお見合いしても、静稀は必ず断る、って。……断るよね?」

静稀の瞳をのぞきこんでそう聞くと、静稀はこくこくっと何度もうなずいた。

「よかった。静稀が晴れて卒業するまで待ってるつもりが、鳶に油揚げをさらわれちゃかなわないよ。約束だよ。僕たちは必ず結婚するんだから。」

僕が小指を立てて見せると、静稀も自分の小指を絡めてくる。
そのまま静稀の手を引き寄せて、僕は静稀の拳に口づけた。

「約束。」

もう一度そう言って静稀を見つめる。

静稀は、やっと微笑んでくれた。
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