幸せは、きっとすぐ傍
またバイトの若い子がレモンティー二つを運んで来てくれる。からんからん、ドアベルが鳴っていらっしゃいませと声が飛ぶ。
父親と息子の二人組みはここに来るのは初めてらしく、少し戸惑いながらも千春たちの二つ隣の席に座った。
「お父さんゆき、ゆきふってたね」
どうやら雪が降り始めた為に避難してきたようだ。窓が曇っているから外が確認できないが、ちらちらと降っているのだろう。道理であんなに寒かった訳だ。
千春は両手にレモンティーのカップを持って手を温める。冷え切っていたらしい手は温かさに触れてじんじんし始める。
一口レモンティーを口に含むと、同時にそのいい香りが鼻腔を擽って駆けていった。内側からも温まったのを実感して、千春はほうっと溜め息を吐く。
ちらり、隼人を盗み見た。目を伏せる隼人の顔は緊張気味。やはり緊張してはいるらしい。いつもの隼人からはあまり考えられないので、千春は貴重だなと思いながらもまた視線を外した。
どうしよう、こっちまで緊張してくる。けれどそろそろ行かなければ雪が強くなってくる可能性がなくもない。
千春が躊躇いがちに隼人くん、と呼び掛けると、隼人はふっと顔を上げてぎこちなく笑った。言いたいことが分かったのか、隼人はそれからレモンティーを飲み干すと立ち上がる。千春の方は飲み終わっているので問題はない。
千春が持った伝票をさりげなく隼人が抜き取り、抗議しようとした千春にこれくらい払わせろ、と一言。そう言われては何も言えなくなってしまう。
会計をしてくれたのはマスターで、マスターはお気をつけて、と声を掛けてくれた。千春はうんと頷いて隼人と一緒に店を出た。
確かに雪が降っている。ちらちらと空から落ちてくる白い花びらを片手で受け止めて遊んでいると、隼人に呆れたように名前を呼ばれた。その表情は先程より幾分か柔らかい。
少しでも緊張が解けていたらいい、思いながら隼人の傍に駆け寄ると、隼人はぽんぽんと優しく千春の頭を撫でた。