幸せは、きっとすぐ傍

歩き出すと着いて来たこよみに「何買う?」と訊かれた。何にするかは決まっていない。けれど決めるのは作る側、特権である。


「お店で決めようと思ってるんだけど……こよみ、何かやりたいのある?」

「うーん、何でもいいけど。……あの時みたいなのはやだよ」

「あれねえ、あれは私もやだ」


あの時、というのは大学一年の冬休み、恋人たちの祭典の日である十二月二十五日の事。別に予定のなかった和泉達四人はやはりこよみの部屋に集まって、あろうことか闇鍋をしたのである。


クリスマスに何をしてんだと突っ込まれたがいやはやその通り。何を入れたかは恐ろしくて言えない。とりあえず食べ物の分類からは外れると思う。


今回の鍋はそのリベンジも掛かっている。四人が四人鍋にトラウマを抱えているのだからおかしい。和泉とこよみの認識は『普通の鍋』という事で纏まった。


それが済むと店までは近況報告となる。入社してから今までメールと電話でしか連絡を取っておらず、しかも一週間から十日に一度のペース。積もる話は最早山を成している。同期入社の子がどうとか上司がこうとか、他愛もない話をしているうちにスーパーへと着いた。


そこで近況報告は一時中断。


カゴを片手に中に入ると、季節ではないからか鍋に入れるようなものは余りなかった。仕方ないので豚肉と白滝、後は適当に野菜を放り込んでいく。白菜は時期でないため水菜で代用。それくらいは許されるはずである。


こよみにつゆの有無を確認するとあるというので、カゴに入れてあったのを元に戻す。後は締めにうどんか、とうどんをカゴに入れるとこよみが笑った。思い出したらしい。


「あの時はこのうどんが神だとすら思ったからね」

「あー……ね、うん。今となっちゃいい思い出……でもないか」


寧ろトラウマである。あの闇鍋の締めもうどんだったのだ。


少し残しておいた作り過ぎたつゆを使って作った普通のうどん。危ないものを入れる前の出汁の取れたつゆに普通のうどんがどれ程美味しいと感じたことか。具体的にはこよみ曰く神と思う程度。


楽なのでベースはめんつゆにすると決め、うどんを締めにすることも決定。あの日のようになるような具材は用意していないので安心である。残り二人のメンバーも今回ばかりは何もしないだろう。


何もしないというより何も出来ないか。多分その方が正しいくらいにあの日の出来事はトラウマになっている。

< 8 / 46 >

この作品をシェア

pagetop