腹黒司書の甘い誘惑
帰るとき、廊下を進んで立ち止まり、中庭と図書館の方向を眺めていた。

もう行っただろうな。
切なくなって、わたしは俯いて溜め息を吐いた。

こんなことをしてないでさっさと帰ろう、と体の向きを変えたとき。

「あ、倉橋さん」

階段の方から声をかけられて振り向くと、笹本先生が歩いてきた。

「お疲れさまです」

わたしは軽くお辞儀をしながらそう言った。

なんとなく、ばつが悪い気がしてしまうのは、柊也さんのことがあるからだろう。

笹本先生は何も関係ないけど、柊也さんと親しいから勝手に意識してしまう。

「お疲れさま。帰り? 最近まったく図書館に来なくなったでしょ」

隣にやってきた笹本先生はわたしを見てにこりとする。
わたしは曖昧な笑みを浮かべた。

「もう手伝いは終わったので、行く必要ないですから」

「他の用件で柊也に呼びつけられたりしないの?」

「しないです」

「そっか。俺がこの前こき使ったら可哀想って言っちゃったからかなあ」

「……違いますよ」

陽気な声で話す笹本さんに対し、わたしは気まずくて視線をそらしてしまった。

すると、笹本先生がわたしの顔を覗くように見てきた。
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