腹黒司書の甘い誘惑
「だけどこの図書館を離れるのは少し寂しい。好きな本に囲まれた仕事だったし、ここは……君に出会った場所でもある」

柊也さんの言葉に、胸がきゅっとなった。
出会ったときの事や、手伝いに通っていた日々のことを思い出す。
ああ、そうか――

「だからここで寂しそうな表情をしていたんですね」

わたしがそう言うと、柊也さんはちらっとこちらを見て口許を緩めた。

「考えていた。周りや君に話すタイミングも、しっかり自分の中で気持ちを整えてからにしようと思ってた。そうしたら、君が兄さんに花をプレゼントしたらどうかって言ってきたから、良いタイミングかなと思ったんだ」

「そうだったんですね」

「ああ。もし俺がここを離れるような事になったら、紙芝居をしに保育園に通えるかわからない。滝城学園の司書としてやっていたわけだし、兄さんに話して頼むのが一番いいだろうと考えたから。……まあ、いつのまにかバレていて先にサポートすると言われたけど」

ばつの悪い顔をしながら柊也さんは笑った。
だけどすぐ、落ち着いた瞳でわたしを見つめる。

「もし採用してくれる学校が遠くだったらどうする? 今までみたいに簡単には会えなくなるけど」

彼の口許は緩んでいた。けど、ふざけて聞いているようには思えなかった。

「遠くってどれくらい?」

「そうだな……新幹線で一時間半とか。飛行機で一時間とか?」

「わあ、遠いですね」

「うん。遠いだろ」

「けど、離れたとしてもわたしの中で柊也さんは柊也さんです。さっきも言ったけど、わたしは柊也さんを応援する。やりたいことをやってほしい」
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