腹黒司書の甘い誘惑
笹本と呼ばれた男の人の足音は陽気だった。
こちらにやってきた彼はわたしに視線を向ける。

「えー……あ、事務の人?」

「は、はい」

「そうですか、はじめまして。俺、数学を教えている笹本 忍です、よろしく」

「あ、はい、はじめまして。四月から事務で働いている倉橋理乃です」

先生はたくさんいるし、毎日顔を会わせるわけではないから知らない先生だった。
お辞儀をし顔を上げると、笹本先生は口許を緩めて首を傾けた。

「あはは、なんか可愛らしいね。よかったら連絡先を……」

「笹本。女の連絡先集めをこんなところでするなよ」

「うわ、なに、柊也なんでそんなに恐い顔してんの?」

「お前がくだらないことをしてるから」

柊也さんは眉を寄せてそう言ったあと、不機嫌そうに視線をそらしてカウンターの方へ歩き出した。

笹本先生はその後ろ姿とわたしを交互に見たあと、唇の端を上げた。

「学園の人には“人当たりの良い穏やかな男”のイメージで通ってるあいつなのに、倉橋さんの前で普通にああいう感じ出てるんだね」

「あ……はい」

「ふうん。あ、俺はあいつと大学からの付き合いだから、癖のある感じは承知済みなんだ」
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