腹黒司書の甘い誘惑
「理事長……? どうなさったんですか?」

横からそっと声をかけると、理事長はこちらに顔を向けた。

理事長の足元にはマーガレットが咲く長方形のプランター。
昇降口に並んでいる中の一番端にあるものだ。

「この花だけ元気がないんだ」

眉尻を下げる理事長はとても心配そうだった。

わたしはプランターの前で屈み、花を見る。

「陽当たりが悪いんでしょうか……ここってちょうど影になって陽が当たらないのかも。他のプランターと比べて土が湿っていますし」

「ああ、そうかもしれないな」

頷いた理事長はプランターを持ち上げて、陽の当たる段差の下に運んだ。

やさしい眼差しで花を見つめている。
その横顔の雰囲気が本に触れる柊也さんに似ているなと感じた。

兄弟なんだなと、今は素直にそう思える。

そんなことを思いながら理事長を見ていたら、理事長の視線がすっとこちらに向いた。

反射的に背筋が伸びる。

「まだ図書館に通っているのかい?」

「いいえ。もう手伝いは終わったので……」

「そうか」

こちらに歩いてきた理事長はわたしに向けていた視線を落とした。

その仕草から、なんとなく感じ取った。
< 82 / 201 >

この作品をシェア

pagetop