腹黒司書の甘い誘惑
しっかりしろ、と自分に言い聞かせながら中へと入っていく。

いつも通りカウンターに座っているだろうと思っていたのに、柊也さんの姿はそこにはなかった。

帰ってしまったのだろうか。
でもそれなら、電気をつけたままにはしないだろう。

わたしはゆっくりとカウンターの近くまで足を進めた。


「何しに来たの?」

びくっとして振り向くと、本棚の方から柊也さんが歩いてきた。

わたしを見る瞳はやはり冷たい。
体がこわばったけれど、ぐっと拳に力を入れて気持ちを強くもった。

「すみません、いきなり」

「用件は?」

「よ、用件というか……」

「事務に頼んでいるものは何もないはずだけど?」

そっけない態度の柊也さんは、持っていた数冊の本をカウンターに置いた。

わたしに対して不機嫌だということが十分伝わった。

だけどここまで来たのだから、話をしなくては。

「あの、関係のないわたしが余計なことを訊いてすみませんでした」

柊也さんの横顔にそう言うと、彼の視線がこちらに向いた。
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