愛の胡蝶蘭<短編>
血が、


赤黒い血が、広がっていく。


『ゆ……っう……!!』


一瞬。

本当に、一瞬。


「みむら、さん……っ?」


嫌だ、


嘘だ、


嘘だ!


『雄、雄雄雄雄、雄ゆう………!』


おかしくなったように、私は、その名を呼び続ける。


私も、和も、その場から足が動かなくて、数メートル先に横たわる雄を、ただ見るだけしかできなくて。


じわり、じわりと、

広がっていく、赤。


『いやぁぁぁぁぁぁッ、!』







和「……っ、……ん!蘭!」


『…はっ、…ぁ、』


和が、戸惑いを隠せない表情で、私を見ていた。


『ゆめ、』


また、夢を。

また、見ていた。


ハンバーグを後は焼くだけの状態にして、まだ和は来ないだろうとベッドで本を読んでいた、はずだった。


いつの間にか、眠っていたらしい。


和「鍵、開けっ放しでしたよまた。」


『………あ、和、くるから、いいかなって。』


和「はぁ。ちゃんと閉めなさいよ。」


何もなかったように、振る舞う私達は。


いつから雅の話をあまりしなくなったんだろう。


『ハンバーグ、焼くね。』


和「お願いします。」


和の、茶色い瞳が私の瞳を捕らえる。


『………っ、』


すぐに、逸らす私は、何を怖がっているのか。





『はい、どうぞ。』


和「いただきます。」


気付けば、日付は5月に入っていて。


夏が、近づいてくる。


『和、今年の誕生日何がほしい?』


ハンバーグを食べる和に、私は問う。


食べ続けながら、ちらりと私に視線を寄越した和。



少し、揺れたような、その瞳。



和「……何も、いりませんよ。」



和「蘭が、一緒に過ごしてくれるなら、それで。」


いつもは自信満々のその声が、
震えていたことに。


私は、気付いていた。
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