ヒロインになれない!
……もう、勘弁してください。
どうせ明日もまた私を赤面させるようなこと言うんだろうけど。

ああ、もう!
どんどん心が恭兄さまに傾いていく。
依存してしまう。

「恭兄さまのせいで、今夜もなかなか寝付けないかも。」
ついそうぼやいてしまってから、しまった!と後悔した。
これって、毎晩私が恭兄さまのことを想って悶々としてるみたいじゃない?
案の定、恭兄さまの声が上ずった。
『明日からは、お互い、安心して眠れるね。』

……ここで、「一緒に」とは言わないのが、恭兄さまらしいわ。

電話を切った後、やっぱり私はドキドキしてなかなか寝付けなかった。
普通に話してる時より電話のほうが、恭兄さまのおっとりした美声が直接脳内に響いてきて、やばい。

参ったな。
実家はもちろん楽ちんだし好きだけど、今は早く東京へ帰りたい。

恭兄さまと暮らせるあの家へ。


翌日のお昼前に、私は実家を出た。
兄は出かけたし荷物もあまりないのでJRで京都駅に向かうつもりだったけど、父の差配で運転手の荒井さんが車を出してくださった。

恭兄さまとは京都駅で落ち合う予定だったのに、荒井さんは当然のように北野へ向かい、恭兄さまをお迎えに上がった。

挨拶を交わして、車に乗り込む恭兄さま。
……今日は後部座席に2人で並んで座れたので、私はご満悦だった。

京都駅で荒井さんと別れる。
デパ地下でお弁当でも買って新幹線に乗ろうと思ってたのだが、恭兄さまが乗り気じゃなさそうだったので諦める。
結局、駅直結ホテルの中の料亭へ入ったが、ここでは化学調味料を多用しているらしい。
恭兄さまが、悲しい顔で食べ残してらした。

新幹線の車中、私も恭兄さまも寝てしまってた。
途中、何度か目が覚めたけど、その都度、すぐ近くに恭兄さまの寝顔を見ると安心してまた眠りに落ちた。
無意識に寄り添って眠る私達は、たぶん傍(はた)から見たら、仲の良い恋人同士だっただろう。

いつの間にか、どちらからともわからないけれど、腕をからめて眠っていた……。



東京に帰ってからも、私達の生活は何ら変わらなかった。
相変わらず、恭兄さまが喜んで食べてくれる食事を準備する使命に燃え、合間に受験勉強を重ねた。

恭兄さまは、いつ新しいお仕事をされているのかよくわからなかった。

私には、日がな一日、筆を振(ふる)ってらっしゃるように見えた。
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