ヒロインになれない!
「え~と、もう関わりもありませんので、ご容赦ください。」
そう言って切ろうとしたら、悲鳴のような声が聞こえてきた。

『あなたはそうでも、違うんです!』
……なんか、めんどくさいことになりそう。

「失礼ですが、先日、芦屋の花火に来られてました?」
少し苛つきながら私は尋ねた。

『……ええ。やっぱりあの時、後ろにいらしてたかたなんですね。』
彼女の声が悲しそうに震えた、気がした。
それすら知らないで連絡してきたのか。
ああ、うざい。

「何か、勘違いされてるようですが、本当にもう一切関わってませんよ?どうか、お幸せになってくださいませ。じゃ!」
『……ごめんなさい……』

電話を切ろうとしたら、向こうでいきなり謝って号泣しだしたよ。
マジか?
私は途方に暮れた。
これじゃ、私が彼女を虐めてるみたいじゃないか。
天を仰いでため息をついた。

「今、どちらにいらっしゃるんですか?」
『あ、逢ってくださるんですか!』

涙まじりにそう言われて、私は折れた。

「よくわからないけれど、誤解があるようなので。とりあえず、お話しましょうか。どちらにうかがえばよろしいですか?」
『あ、私が行きます!』
「……妊婦さんですよね?無理しないでください。何かあったら取り返しがつきませんから。私がうかがいます。」

電話を切ると、図書館の知織ちゃんにラインで伝えた。
〈今日は先に帰るわ〉

恭兄さまには……ま、いっか。
さっさと用事を終わらせて、すぐ帰ろう。

電話をしてきた彼女は、和也先輩の寮のすぐそばのワンルームマンションに住んでいた。
てか、本当に真ん前!

……低い笑いがこみ上げてくる。
そうですか。
そりゃ、便利やったでしょうね、先輩。

今更未練はないけど、数ヶ月前の自分を思い出すと苦々しかった。
エレベーターで4階に上がり、指定された番号の部屋で玄関チャイムを押す。
ドアを開けたのは、確かに、花火の日に見た彼女だった。

でも、とてもやつれていた。
あの夜は、もっとふわふわとした可愛らしい人に感じたのだけど。
今、幸せじゃないのかな。

「竹原です。はじめまして。」
「あ……」
私がそう挨拶すると、彼女は絶句して、みるみる間に両目に涙を溢れさせた。

そして、玄関先でペタンと座り込み、頭を下げた!
土下座!

「ごめんなさい……許してください……ごめんなさい……」

そう言って、そのまま突っ伏して泣き崩れた。
私は、意味がわからず唖然としたけど、慌ててドアを閉めて彼女を立たせた。

「やめてください!お体冷えちゃいますから!お願い、立って!」

妊婦さんは体を冷やしちゃいけないんでしょ?
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