ヒロインになれない!
パタパタとスリッパの足音がすごい勢いで近づいてくる。
病院の廊下をスリッパで疾走する恭兄さま……レアだ。

勢いよく部屋の戸が開き、恭兄さまが飛びこんできた。

「キャッ!」
知織ちゃんが小さく悲鳴をあげた。

無理もない。
恭兄さまは、点滴を自分で慌てて引き抜いてきたのだろう。
血飛沫が腕だけでなく、衣服にも、やつれた顔にもべったり。 

「スプラッタになってますよ。」
ゆっくり起き上がりながら苦笑する私を、ガバッと抱きしめる恭兄さま。
「よかった……」
そう言って、今度はシクシクと泣き出した。

私は、恭兄さまの背中をポンポンしてたのだが、途中で恭兄さまにこびりついた血の匂いに気づいてしまい、悪夢が蘇る。

体の奥底からひっくり返されるような、止めようのない吐き気におそわれ、私は口を押さえて、知織ちゃんに訴えた。

「吐くっ!」
知織ちゃんは、袋をかぶせたゴミ箱ごと私に突き出した。

間一髪、私はゴミ箱の中に緑色の吐瀉物をゲロゲロ吐き出した。

恭兄さまが、完全に怯えて固まっているのに対して、知織ちゃんは片手でゴミ箱をおさえ、もう片方の手で私の背中さすってくれた。

続けて3度ほど吐いて、やっと落ち着く。


タイミングよく、さっき知織ちゃんが呼んでくれたコールで山崎と名乗る若い男性医師と看護士さんが来た。

「今、緑色の液体を、んー、300ミリリットルぐらい吐いたんですけど、大丈夫ですか?」
知織ちゃんは、ゴミ箱からゴミ袋を少し持ち上げ目分量を医師に伝えた。

医師は頷いて、
「胆嚢から分泌される胆汁です。大丈夫ですよ。」
と説明した。

続いて医師は私に
「大丈夫ですか?」
と尋ねた。

私は苦笑して
「逆に私がそう聞きたいです。私の体、大丈夫ですか?左耳がほとんど聞こえないし、頭痛すごいし、体中だるおもいたいんですけど。」
と、質問した。

医師は、カルテを見ながら症状を説明した。
「左耳の鼓膜は破れていますね。1ヶ月ぐらいで再生しますが水や菌が入りやすいので気をつけてください。抗生物質を出しましょう。頭痛もおそらく、その影響でしょう。」
……へえ……再生するんや。

「処女膜も再生しますか?」
私がそう聞くと、知織ちゃんは真っ青になって両手で口を覆い、恭兄さまはぎゅっと眉間に皺をよせて目をつぶった。

医師は、恭兄さまを気遣って見ながら、言葉を選んで言った。
「……しません。美容外科などで再生手術と宣伝していますが、ナイロンの糸で縫い縮めるだけです。数年間性交渉をしないと膣道が狭くなることはありますが、処女膜とは別の話です。」
「そうですか……。」
私はため息をついた。
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