ヒロインになれない!
帰宅すると、早速恭兄さまに炭を熾していただいた。
その間に、おだしを取り、八丁味噌を溶いて、味噌煮込みうどんを鉄鍋に仕込む。
いこった炭を五徳の下にうつしてもらい、鉄鍋を据えると、恭兄さまのほうを向いて座り直した。

「これから毎日ここで受験勉強していい?」
恭兄さまが苦笑する。
「お好きにどうぞ。僕も冬場はここで過ごしてるけど、邪魔なら明け渡すよ。」

いやいやいや!
違うし!それじゃ意味なさすぎやし!

「もう!わかっててイケズ言うてはるん?一緒にいたくて言うてるのに!」
恭兄さまはキョトンとしてた。
「僕がいて、受験勉強、ちゃんとできる?」

「するもん。」
「わかった。邪魔しないようにする。」
そう言って、文机の書道用具を片づけると、恭兄さまは私に譲り渡してくれた。

そして、廊下の引き戸を開けて、また別の文机を出してこられた。
……まだあるんや。

「そっちのほうが、引き出しもついてて使いやすいから、どうぞ。机、横に並べる?向き合う?背中合わせがいい?」
「横並びがいい。」

素材とデザインの違う文机は、お庭に面して並べてもらった。


「それから……セミダブルサイズのベッド、買ってほしい。」
恭兄さまが首をかしげる。

「セミダブル?ダブルサイズじゃないの?」
私は赤くなるのを感じつつ、言った。

「狭いほうがいいの。くっついてたいから。」
「……わかった。」
恭兄さまが楽しそうに笑って、促した。

「それから?他に言いたくて言えなかったことは?」
私は、目をつぶって、言った。
「私の……画像……あった?」

沈黙が広がる。
「沈黙は肯定やね。……あるんや。」
私はそう言って、目を開けて恭兄さまを見た。

恭兄さまは、神妙な顔で首を振った。
「正確には、あった。1人だけ写メってた。でも完全に消去した。だから、今はない。」

鼻の奥がつーんとしてくる。
「恭兄さま、見た?」
恭兄さまのお顔が、悲しく歪んだ。
……見たんだ。

私は絶望に目を閉じた。

瞬間、強い力で抱き寄せられた。

「……ごめんなさい。」
そう言って、私は恭兄さまの首に腕を回した。

「やめるんだ。由未ちゃんが謝ることじゃない。」
「……ごめんなさい……やっぱり、私……無理……」
ぶわっと両目から涙があふれ出る。

恭兄さまに、見られた。

恥ずかしい、口惜しい、申し訳ない。

そんな想いがぐるぐる回って、私はまた暗闇に陥った。
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