ヒロインになれない!
「……なんだ……もっと早く言えばよかったな。」
そう言って、恭兄さまが私を見る。

「あなたは、いつも、僕の願い以上に僕に幸せをくれるね。」
今度は、恭兄さまが私の頬をとらえてキスをくれた。

「恭兄さまかて、せやで。どれだけ救われてるか。」
私がそう言うと、恭兄さまは、私の髪を撫でた。

「僕はずっとあなたを幸せにしたいと思っていたけど、あなたの笑顔で僕自身が幸せになってるんだ。結局そういうことなんだろうね。」
……そういうこと、ね。
「こんな風に、支え合って生きていきたい。ずっと。想い合って。……いいかな?」
恭兄さまは、最後にそう聞いた。

いいにきまってる。
てか、よろしくお願いします!だ。

「恭兄さまがどんなに悪い人でも、怖い人でも、愛してます。」

共にどこまでも2人で。


程よく煮立った味噌煮込みうどんを、恭兄さまに取り分けて差し出した。
「日本昔話みたい。そういえば、小さい頃、狸汁(たぬきじる)に憧れたわ。」

私がしみじみとそう言うと、恭兄さまが笑う。
「よりによって、狸汁なんだ。鴨とか鶏じゃなくて。」

「うん、狸。狸がおばあさんを殺して狸汁と偽って婆汁を作っておじいさんに食べさせるの。昔のカチカチ山はシュールよね。」

恭兄さまが苦笑いする。
「童話の改悪には反対だけど、さすがに婆汁は、いやだなあ。」
そう言ってから、恭兄さまがお椀に口を付けた。
「うん、美味しい。いつも、ありがとう。」

「よかった。京都のおうどんが好きやけど、岡崎の本物の八丁味噌を使えば味噌煮込みうどんも好きねん。でも名古屋のかたい麺は、ちょっと苦手。」
私も口を付けて、出来映えに満足した。

「狸汁も八丁味噌なら美味しいかもね。」
おうどんを啜りながらそう言うと、恭兄さまは幸せそうな笑顔で言った。

「僕は、由未ちゃんが僕のために作ってくれたら、何でも美味しくいただけるよ。」
「……じゃ、婆汁(笑)」
「いや、それは……」

「豆汁」
「由未ちゃんも嫌いなくせに。」

「納豆汁」
「……勘弁してください」

そんなふうに、会話が次第に遠慮のないものになっていく。

私たちの間の距離が少しずつ縮まっていく。



洗い物をしてる間に、恭兄さまがさつま芋を銀紙に包んで火にくべた。
「恭兄さま、ちっちゃい頃から、火遊びお好きやってんろうねえ。」
何となく、火に関する事にはマメというか。

「まあ。半紙を焼くのが日課だから。」
「……今日はどんな言葉を書いてはったん?」
「昨日からずっと、写経だよ。」

写経!

「心を落ち着けるため?」
「そうだね。」
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