ヒロインになれない!
おばさまと百合子姫は、30分足らずで辞去された。
恭兄さまは、昼食を一緒にとるよう誘われたけれど、これから歌舞伎を見に行かれるらしい。

お2人をお見送りしてから……私は、恭兄さまに口をきかずに、自室に籠もった。
珍しく鍵をかけて、やり場のない怒りをもてあまし、昼食も無視して寝てしまった。

完全に、ふて寝だ。
自室のシングルベッドで眠るのは、たぶん半年ぶり?

3時間ほどの惰眠を貪った後、頭痛と共に目覚めた。
……しんどいな。
私は財布を握りしめ、そっと家を抜け出した。

すぐに、携帯電話を持って出なかったことを後悔した。
知織ちゃんにも連絡が取れない。
どうしよう。

私は、衝動的に駅へ向かい電車に乗った。
……実家に帰ろう。

どうせ、来週の結納の前に、恭兄さまより先に京都へ帰ってる予定やったし。
数日前倒しになっても、何の問題もないよね。

とりあえず、今は、恭兄さまの顔を見たくなかった。
私は逃げるように、新幹線に駆け込み乗車した。

新幹線の中でも、私は爆睡した。
……嫌な気分から逃避するように。

新幹線が京都駅に到着する……ん?

ホームの端に、兄が携帯電話を耳にあてながら立って居た。
……恭兄さまが私の家出に気づいて兄に連絡した?
確証はないけど、そんな風にしか思えなかった私は、新幹線を降りるのをやめた。

新大阪を過ぎ、新神戸でようやく降りた。

さあ、どうしよう。
セルジュの家に行くか……あおいちゃんを訪ねるか……。

いずれにしても、携帯電話がないのが不便だった。

うーん。

しばし、改札口でどっち方面へ向かうか悩んでいると、華やかな団体がゾロゾロやってきた。
髪が金髪に近い明るさの女性ばかりだが、半数はショートカットで長身、半数は髪の長い可愛らしい雰囲気。
……ジェンヌだ。
知ってる人いないかな~、と見てると、居た!

「静稀さ~ん!」
私は、新進男役スターの榊高遠くんにそう呼びかけた。

「由未ちゃん!どうしたの?久しぶり!」
静稀さんの、いつも変わらないほんわかした笑顔を見ると、私の瞳にじんわりと涙が浮かんできた。

「え?由未ちゃん?大丈夫?」
「うえ~ん!静稀さ~ん!」

私は、静稀さんに抱きついて泣きじゃくった。

静稀さんは、一団からはぐれてしまっても、私の気が済むまで泣かせてくれた。
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