ヒロインになれない!
「それで、飛び出してきちゃったの?……それって、もしかして、家出?」

ホテルのラウンジで、静稀さんと私はお茶を飲みながら話した。

「……明確に家出のつもりはなかってんけど、恭兄さまの顔、見たくなかってん。」
こみ上げる涙をこぼさないようにまばたきで散らしながら私はそう言った。

うーん……と、静稀さんは腕を組んだ。
「心配されてると思うよ?由未ちゃんの大切なお兄さまも、義人さんも。とりあえず連絡してあげたら?」

同意したくない私は、たぶん意固地になっているのだろう。

黙ってる私に、静稀さんはため息をついた。 
「まあ、ねえ。由未ちゃんの気持ちもわかるけどね。せめて、前もって教えておいてほしいよね。いきなり親類の晒し者はしんどいよねえ。」

「……うん、それもある。」

「ん?ほかには?親戚の前でいつも通り甘やかしてくれないから?拗ねちゃった?」
そう言いながら静稀さんは手を伸ばして優しく私の手をとると、クスクスと笑った。
「ずっと、由未ちゃんのこと、すごくしっかりしてると思ってたけど、今日はかわいく見えちゃう。よしよし。愚痴っていいよ~。泣いてもいいよ~。」

私は、本当にホロリと涙をこぼした。
「……私、やっぱり子供なんかな?ワガママ?恭兄さま、いつもと違うねんもん。優しく、なかってんもん。」

「うんうん。」
静稀さんは、ニコニコと相づちを打って、続きを促してくれた。

「お兄ちゃんは、どんな時でも優しいのに。恭兄さまは、私より、親戚のほうが大事ねん。親戚やら霞会が最優先で、私の気持ちなんか二の次ねん。」

ポロポロと涙を落としながらそう言うと、静稀さんは首をかしげた。
「う~ん、それはどうかな?」

静稀さんは綺麗なハンカチを差し出しながら、続けた。
「私の祖母がね……去年亡くなったんだけど、けっこうなお嬢様だったのよね。それで祖父は普段は祖母をものすごく大事にしてたけど、やっぱり人前では冷たいというか厳しくてね……私もちっちゃい頃は、そんな祖父に反発してたの。」

私は静稀さんのハンカチで涙を拭かせてもらいながら耳を傾けた。

「でも祖母が言うにはね、人前では祖母に冷たいぐらいでちょうどいいんですって。新婚当初、祖
父が普段通りに祖母をいたわったら、祖母はたちまち『悪妻』扱いされたんだって。夫を尻に敷くワガママで何もできない女、って。だから、祖父が祖母に冷たいのは、実は祖母を社会的に守ってる、らしいわよ。……ものすごく日本のムラ社会らしい話よね。やだやだ。」

「……セルジュは半分フランス人だから、たぶんずっと静稀さんを大事にしてくれるわ。いいなあ……静稀さん。」

私は鼻をすすりながらそう言った。
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