ヒロインになれない!
「竹原さん?食事終わった?」
どのぐらいぼ~っと突っ立ってたのか、気付けば、保健室の先生が私を呼びにきたらしい。

「あ、え~と……」
慌てて、傍らに置いた、土まみれのお弁当の残骸に手をやる。

保健室の先生はそれをじっと見て、心配そうに聞いた。
「……大丈夫?」
多くを語らない、何も聞かない……それでも、彼女のいたわりと優しさが伝わってきた。

気が緩んだのだろうか、私は、ほろっと一粒、涙をこぼした。
「大丈夫です。ありがとうございます。お弁当、落としてしまいました。」

保健室の先生は、黙って私の手からお弁当の残骸を取り、もう片方の手で私の背中をさするように添えた。
素敵な人だなあ……。

「じゃ、行きましょうか。書類の仕分けをしたら、お仕事から解放されるわよ。」
「はい。」
2人で連れ立って歩きだす。

ふと、規則正しい足音が近づいてくるのに気づいた。
振り返ると、さっきのユニフォームの彼がこっちに向かって走ってきた。

「おい!お前!」
また、私の心臓が跳ね上がる。

「由未です!」
自分でも何を言ってるんだろうって思いながらも、私は彼にそう叫んだ。

たぶんけっこうな距離を走ってきたのだろうに、あまり息を切らす様子もなく、彼は私の前まで来た。
「弁当、悪かったな。」
そう言って、彼は袋に入ったパンとポカリスエットのペットボトルを私に押し付けて、またすぐ走って行ってしまった。

口から心臓が出てきそう……。
私の中に鼓動が響き渡る。
この瞬間、私は確実に恋に落ちた。
間違いなく、恋に落ちた。
自信を持って言える。
初恋に落ちたんだ!!

「……兵庫県代表の選手かな。」
完全に目がハートになっていたであろう私に、遠慮がちに保健室の先生が教えてくれた。
「とりあえず、それ、食べちゃいなさい。それから戻ればいいから。」

私はふるふると首を振った。
「とても……食べられません……」
私はパンとポカリをぎゅっと胸にかき抱いた。

保健室の先生は、私の肩を抱いて歩かせてくれた。

事務室に戻ると、私は仕分けの作業を請け負った。
量はそんなになかったのですぐに終わったが、資料の中に登録選手の名簿があることに気付いた。
本当はこっそり一部持って帰りたかったが、数をきっちり数えて仕分けているのでそれはできそうにない。
私は、名簿をめくって兵庫代表の高校の欄を見た。

神戸の県立高校。
1人1人、名前を辿(たど)る。

これだ!
たった1人、スタメンに1年生の選手がいる。

佐々木和也
ささきかずや……かずや……。
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