ヒロインになれない!
門柱のインターホンを押したが、反応がない。

「おじゃましま~す」
門から続く小道は両脇に木々が植えられ、途中で直角に曲がる。
玄関でもう一度インターホンを押すと、今度はガチャッと音がした。

『え?由未ちゃん?』
スピーカーから恭兄さまの驚いた声が聞こえる。

「あけまして……じゃない、こんにちは、ご無沙汰してます。由未です。」
……去年お父さまを亡くされてる恭兄さまに「おめでとう」は、ダメダメ。

すぐに奥から近づいてくる人影が大きくなり、鍵を開ける音がして、引戸の玄関があいた。
確かに、昨夏より痩せて線の細くなった恭兄さまが現れた。

「恭兄さま……」
痛々しくて、それ以上言葉が出なかった。

「……寒いから、中へ。」
恭兄さまに促され、中に入り、玄関を閉める。

まるで高級旅館のようにピカピカな檜造りの室内は、豪華だけど冷たくて……。
こんなところで独り暮らしされてると思うと、私は涙がこみ上げてきた。
同じ独り暮らしでも、セルジュん家(ち)は古くて少女趣味な分、温かみがある。
ここは、なんだか幽閉されてるみたい。

「どうぞ。」
恭兄さまに案内されたお部屋には、真ん中に囲炉裏があった。
「ここしか暖めてないから。ちょっと待って。お茶を。」

「あ、私も!手伝います!」
恭兄さまについてキッチンへと押しかける。

キッチンは新しくてピカピカ……ほとんど使ってない、って感じ。
恭兄さまが冷蔵庫を開けた時、そっと背後に立って、私ものぞきこむ。
……わぁ。
スポーツドリンク、栄養ドリンク、ビール……って、缶の飲物しか入ってないんですけど。

恭兄さまは、小さな茶筒を取り出した。
「これ、ね。今時珍しく、備長炭で焙煎して作ってるんだよ。」
そう言いながら、茶杓を取り出すと、茶箪笥を開けて

「お茶碗はどれを使いたい?お正月だから、赤楽(あからく)に金銀の重ね茶碗でも使う?」
と、私に聞いた。

……お茶は小学校で少し習ったっきりで一般的な知識しかない私でも、「赤楽」はわかるので、思わずうなずいてしまった。

お茶の世界では、昔から「一楽、二萩、三唐津」と言う言葉があるとおり、何はともあれ楽茶碗は重用されるのだ。

利休が黒い楽茶碗を好んだのに対して、派手な赤い楽茶碗がお気に入りだったのが、豊臣秀吉。
恭兄さまが出してくださったものは、本当に秀吉の好きそうなものだった。
大きく広がった茶碗の内側は銀、その上に重ねた茶碗の内側は金。
きらっきら輝いてる。

「お菓子は……うーん、ごめん、由未ちゃんはダメだなあ……羊羹しかないな、今。」

……私が、甘ったるい和菓子が苦手って、覚えてくれてはったんや。
< 59 / 182 >

この作品をシェア

pagetop