ヒロインになれない!
「やあ。竹原さん。こんにちは。父との話は終わりましたか?」
恭兄さまが手を止めずに、父にそう言った。
「ご無沙汰致しております。恭匡(やすまさ)さま。ご活躍は伺っておりますよ。……由未、百合子さまと遊んでいただくように言ったのに、恭匡さまのお邪魔をしたらあかんやろ。」
父は入口のそばに座って、手をついて恭兄さまにご挨拶をしたあと、私にめっ!と叱った。
「いや、百合子の相手はかわいそうなので僕が引き留めたんです。それより、すみません。由未ちゃんの白いお洋服に墨を付けてしまいました。」
……大の大人の父が手をついて話しかけるのに、恭兄さまは口調こそ丁寧だがどこまでも鷹揚で、染み抜きの手を止めることもなかった。
子供心にも、上下関係がハッキリと見えた、気がした。
「恭兄さまに字を書いてもらったの。焼いてほしくなかったの。……ごめんなさい。」
私は、父と恭兄さまの2人に向けてそう謝った。
恭兄さまは、驚いたように私を見た。
「なんだ、そうだったの。……いいよ、あげるよ。それは、半分は由未ちゃんが書いたものだしね。」
そう言うと、恭兄さまは、私のワンピースを父に差し出して、立ち上がった。
「たぶん完全には落ちないと思いますので、新しいのを買ってあげてください。とてもよく似合ってましたから。」
恭兄さまは、一旦一人で縁側に出た。
水が流れる音がする。
手を洗ったらしい恭兄さまが、さっきの白いハンカチで手を拭きながらお部屋に戻ってきた。
そして、文机の上の「竹原由未」と書いた半紙を折り畳んで私に手渡し、ついでにまた「おいとぽい」を口に入れてくれた。
私の頬が緩むのを見て、父がからかう。
「まるで、餌付けですね。」
恭兄さまは、表情をこわばらせて父を睨んだ。
「……失礼しました。」
笑いをこらえて神妙にそう言う父に対して、恭兄さまは
「次に由未ちゃんとお越しになる時には、水仙粽(すいせんちまき)を買ってきてください。……由未ちゃんは餡も嫌いらしいので、羊羹粽(ようかんちまき)もいいかな。では、僕はこれで。」
と、言い残して、恭兄さまは廊下に出て、去ってしまった。
「……恭匡(やすまさ)さまを、恭(きょう)兄さま、ね。」
父は、私を見て、目を細めてそうつぶやいた。
恭兄さまが手を止めずに、父にそう言った。
「ご無沙汰致しております。恭匡(やすまさ)さま。ご活躍は伺っておりますよ。……由未、百合子さまと遊んでいただくように言ったのに、恭匡さまのお邪魔をしたらあかんやろ。」
父は入口のそばに座って、手をついて恭兄さまにご挨拶をしたあと、私にめっ!と叱った。
「いや、百合子の相手はかわいそうなので僕が引き留めたんです。それより、すみません。由未ちゃんの白いお洋服に墨を付けてしまいました。」
……大の大人の父が手をついて話しかけるのに、恭兄さまは口調こそ丁寧だがどこまでも鷹揚で、染み抜きの手を止めることもなかった。
子供心にも、上下関係がハッキリと見えた、気がした。
「恭兄さまに字を書いてもらったの。焼いてほしくなかったの。……ごめんなさい。」
私は、父と恭兄さまの2人に向けてそう謝った。
恭兄さまは、驚いたように私を見た。
「なんだ、そうだったの。……いいよ、あげるよ。それは、半分は由未ちゃんが書いたものだしね。」
そう言うと、恭兄さまは、私のワンピースを父に差し出して、立ち上がった。
「たぶん完全には落ちないと思いますので、新しいのを買ってあげてください。とてもよく似合ってましたから。」
恭兄さまは、一旦一人で縁側に出た。
水が流れる音がする。
手を洗ったらしい恭兄さまが、さっきの白いハンカチで手を拭きながらお部屋に戻ってきた。
そして、文机の上の「竹原由未」と書いた半紙を折り畳んで私に手渡し、ついでにまた「おいとぽい」を口に入れてくれた。
私の頬が緩むのを見て、父がからかう。
「まるで、餌付けですね。」
恭兄さまは、表情をこわばらせて父を睨んだ。
「……失礼しました。」
笑いをこらえて神妙にそう言う父に対して、恭兄さまは
「次に由未ちゃんとお越しになる時には、水仙粽(すいせんちまき)を買ってきてください。……由未ちゃんは餡も嫌いらしいので、羊羹粽(ようかんちまき)もいいかな。では、僕はこれで。」
と、言い残して、恭兄さまは廊下に出て、去ってしまった。
「……恭匡(やすまさ)さまを、恭(きょう)兄さま、ね。」
父は、私を見て、目を細めてそうつぶやいた。