草食御曹司の恋

「驚いたけれど、会えてよかった。あれからずっと、こっちに?」
「ええ、もう三年になります」

話の流れで、仕事の内容や、この街での暮らし、大学に通い始めたことについて報告する。近況というほどの大したものじゃない。私が毎日ここで送っている日常について簡単に話をしただけだ。

「君さえ嫌じゃなければ、明後日の夜、一緒に食事でもどうかな?」

彼にとっては、きっと何でもない誘いなのだろう。たまたま出張でやってきた異国の街で昔の部下に会った。むしろ、食事の一つでも誘うのはビジネスの世界では常識的な社交辞令なのかも知れない。
私も、それならばと得意げに答える。

「では、情報通の同僚がいるので連れて行きます。美味しいお店や最新のスポットにも詳しいので」
「その答えは、僕の誘いが迷惑だという意味に受け取ったらいい?」
「そんな、迷惑だなんて」
「乗り気でないなら、はっきり断ってもらって構わない。もう俺は君の上司でも何でもないからね」
「そんなことは、ありません。でも…二人きりでは奥様に悪いので」

彼にとっては二人きりで会ったとしても、特に気にはならないのだろう。だが、さすがにそういう訳にはいかないと、はっきりと彼に自分の意図を伝える。

「君自身は、二人きりでも問題ないのかな?失礼を承知で聞くが、結婚や誰か決まった相手は?」
「……いません」

変な質問をするものだと思いつつも、ありのままを素直に答える。しかし、最終的に彼が導き出した結論は、全く予想していなかったものだった。

「ならば、問題ないかな。俺も、結婚はおろか、二人きりで会うような約束をする女性もいないからね」

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