草食御曹司の恋
「驚いたな…」
私の告白をひどく驚いた顔をしながら聞いていた彼が、ようやく声を漏らす。
そのひと言で、きっと彼の頭の中は驚き以外の感情がないのだろうと簡単に予想が付いた。
好きでもない女と至近距離で向かい合っていても、居心地が悪いだろうと少し距離を取ろうとしたところを、彼に腕を掴まれて制される。
「いや、待って。あの、本当に驚いただけで。その……本当のことを言えば、俺もずっと後悔していた。あの日、どうして君を部下にしようとしたんだろうって」
照れくさいのか、視線を宙をさまよわせながら、それでも、しっかりとひと言ひと言を口にする。たとえ視線が合わずとも、彼がゆっくりと言葉を紡ぐ口元は、私の視線を釘付けにした。
「自分に自信がなかったばっかりに、言えなかったんだ。面接だけじゃなくて、見合いの続きがしたいと」
「それって…」
「でも、今は違う。この三年、君に自信を持って伝えられるように、頑張ってきたんだ」
言い終えた途端に、彼から熱っぽく見つめられて、返す言葉が見つからなかった。
まさか、彼が、という驚きと。
もしそうだとしたら、私は三年前なんて愚かなことをしたのだろうという後悔が。
一瞬のうちに体中を駆け巡る。
「この続きは、明後日、一緒に食事に行ってくれた時に」
唖然としながら、見上げる私に。
彼は小さく深呼吸してから、柔らかく微笑んで言葉を落とした。
五年前初めて会ったあの日よりも、ずっと頼もしく、自信に満ちあふれた笑顔を見て、私はきっと後悔などこれっぽっちもする必要がないのだと気付く。
私と彼にとって、これはきっと必要な年月だったのだ。
心配だから、送っていくという彼の申し出を何とか断って、私は舞い上がった気持ちのまま、フラフラとした足取りで家路についた。
一歩外に出ると、すでに薄暗くなっている街にキラキラと灯りが灯り始めていた。
“人生って、楽しいでしょう?”
聞こえるはずのない彼女の声が、どこからともなく聞こえた気がした。
「ええ、この街がこんなにきれいだとは知らなかったわ」
そんな独り言で答えた私は。
明後日になれば、もっと美しい世界が目の前に広がることになるなんて。
このときは、想像もできなかったのだ。