草食御曹司の恋
シンガポールでの仕事は順調そのものだった。
これまでじっくりと話を詰めてきて、あとは現地での最終確認を残すのみだったのだから、想定通りの結果ではある。
日本にいるときとは違い、ほぼ定時で業務を終える。今日は仕事関係の会食の予定も入っていない。
シンガポールでは日曜を法定の休日にしている会社が多い。だから、真面目な彼女に翌日の仕事を理由に断られないように“土曜日”を選んだ。咄嗟の思いつきで、彼女との約束を取り付けた自分を、褒め讃えたい。
待ち合わせ場所へと、はやる気持ちを抑えつつ、十分に余裕を持って向かう。
慣れない俺を気遣ってか、待ち合わせ場所は分かりやすい場所だった。
有名な観光名所のマーライオンパークを横切り、これまた目立つショッピングモールの前で待っている彼女を見つけた。
俺を待たせないようにと、かなり早めに到着していていたのだろう。時計を見ると、まだ待ち合わせ時間まで15分ほどある。
少し緊張しているのか、何度も深呼吸をしながら周囲をキョロキョロと忙しなく見回している。
その様子が可愛らしくて、このまま暫く見ていようかと思うほどだが、悪趣味だなと思ってやめておく。
偶然の再会を果たした二日前。
彼女からまさかの告白を受けた。
好きだとストレートに告げられた時には、衝撃のあまり呼吸が止まるかと思ったほどだ。
本当ならその場で俺も彼女への思いを告げるべきだったのかもしれない。
けれども、彼女への思いを感情の赴くままに告げてしまうのはどうにも勿体ない気がして。どうせなら、大切にあたため続けたこの思いを俺の方からしっかりと彼女に届けたい。そんな思いから、あえて肝心な言葉を言わなかった。
それが、彼女にとっては少々頭を悩ます種だったのかもしれないと、今になって後悔する。
心配そうに視線を漂わす彼女に、そっと近づき声を掛けた。