草食御曹司の恋
ディナーの店は、彼女に選んでもらった。
大人の男としてしっかりとエスコートしたい気持ちもあったが、この街では俺は紛れもないビジターだ。
彼女の同僚のオススメだというシーフードのレストランは、雰囲気も味も申し分なかった。
名物のチリクラブを二人で頬張り、テラス席から景色を堪能する。
湾の対岸には世界的にも有名になった五つ星のリゾートホテルがあり、定刻になれば光のショーを見ることが出来る。
ショーに視線を奪われながら、楽しそうにこの街のことを話す彼女は、ライトアップされた景色よりもずっと俺の視線を釘付けにしていた。
彼女は、この街で生きている。
これが、初めて会ったときに彼女が語った、彼女の理想の姿なのだろう。
彼女を輝かせているのはこの街が持つ活気であり、彼女自身が積み重ねた努力に他ならない。
そのことが嬉しくもあり、また少し寂しくもあるなんて、自分の心の狭さが嫌になる。
だが、彼女がたとえ何を望もうと、それを丸ごと受け入れる覚悟はとっくに出来ていた。
ずっとこの街で生きていたい。
彼女がそう願うのなら、それを叶えるのが、俺の望みでもある。
そのかわりに、叶えたいことは、ただひとつだけだ。
彼女とこうして二人きりで食事を楽しむのは、世界で俺一人だけにして欲しい。
「矢島さん」
「はい」
「結婚してほしい」
夜景に目を奪われたままの彼女に、なんと切り出すのが正解か分からぬまま、結局は溢れ出た気持ちがそのまま口から出ていった。