草食御曹司の恋

「…い、いきなりですか?」
「申し訳ない。自分でもタイミングが分からなくて」

変なタイミングだったことは、素直に認めよう。食事中、しかも、店内のあちらこちらで光のショーへの歓声が上がっている最中だ。
絶妙なタイミングで愛をスマートに伝えられるのならば、そもそもこんな遠回りの恋などしていない。
そんな風にいくら開き直ったところで、彼女の反応が怖いことに違いはない。確かに数日前彼女も俺に対して好意を抱いていてくれたことを知ったが、俺のこの無謀すぎる申し出をすんなり了承してもらえるかどうかは別問題だ。

「いや、そういう意味ではなくてですね…あの、いきなり結婚というのは…」
「すぐに無理だというなら、恋人でも構わない。でも、最終的には君の人生のパートナーになりたい」

驚いた表情の後で、数秒悩むように彼女の視線が宙を彷徨う。

「俺は君以外とは結婚するつもりはないから、いつまででも待つよ」

だめ押しのひと言を告げて、もう一度こちらを真っ直ぐに見つめた彼女の瞳を、祈るように見つめ返した。

「はい。私でよければ、すぐにでも」

きれいに笑って告げた後で、彼女はその笑顔とは裏腹に瞳一杯に涙を浮かべる。
その涙がこぼれ落ちる前に、俺はハンカチを差し出して、ひと言感謝を告げた。

「…ありがとう」

三年越しで彼女に告げた心からの感謝の言葉は、歓声の合間に彼女に無事に届いたのだろう。
涙を拭いつつ、うんうんと彼女は何度も頷いた。
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