草食御曹司の恋
「俺の作戦どおりだな。もっと感謝しろよ」
シンガポールに来てから一週間後、友人がバカンスから帰ってきた。
空港で美波と一緒に出迎えれば、博之はここぞとばかりに得意げに笑う。
「そっちこそ、俺に報告することがあるんじゃないのか?」
博之は一人でゲートから出てきたものの、その柔らかく笑う表情からは、おそらく良い知らせがあるように見える。
「詳しくは、また今度ゆっくり話す。それより、まずは彼女に謝るべきだな」
途端に神妙な顔つきになったかと思えば、博之は美波に対して静かに頭を下げた。
「友人のためとはいえ、嘘を付いたりして申し訳なかった」
「いえ、本当に気にしてませんから。しお…梓からも電話がありましたし」
美波は恐縮して、何とか博之に頭を上げさせようとしている。謝罪は当然だ。博之としても、結果がどうなろうとも、最初から謝るつもりだったのだろう。
それは梓も同様で、数日前、美波に電話で涙ながらに謝罪して、真相を打ち明けたらしい。仮にも友人を騙していたのだから、本来なら絶交されても文句が言えないだろう。しかし、美波は我が妹を許したばかりか、逆に梓を心配したという。きっと辛かったのは、嘘を付き続けた梓の方だからと。
「お二人のお陰で私は、幸せですから。頭が上がらないのは私の方です。ありがとうございました」
ようやく顔を上げた博之に向けて、美波がにっこりと笑って礼を言う。
「これからも末永くよろしくお願いします。私にとって梓は大切な友達なので」
「ああ、もちろん。よろしく頼む」
さっきまで頭をぺこぺこ下げ合って居たかと思えば、今度は固く握手し合う二人を、傍らで見守る。澄ました顔をしていたのが気に入らなかったのか、再び博之は俺を茶化し始める。