草食御曹司の恋
「それにしても、いきなりプロポーズするなんてな」
「お前も似たようなもんだろう?」
「まあ、俺たちは…少し事情が違うだろう…」
「どちらも、公式にはいきなり婚約だ」
「はいはい。細かい話はどうでもいいよ。よろしく頼む、頼れる義兄(にい)さん」
梓からも報告があったため、博之と梓も上手くまとまったらしいことは知っていたが、博之の呼びかけに、俺は思わず眉をひそめる。
「その呼び方はやめてくれ」
「ははは、そんなに露骨に嫌がるなよ」
俺の反応を見て楽しんでいる博之は、その後も調子に乗って何度も「義兄さん」と呼びかけてくる。
いい加減うんざりして、ここまでやって来た目的を果たさねばと、借りていた博之の部屋の鍵を差し出した。
「ほら、鍵。出迎えついでにこれを返しに来た」
「あれ?まだこっちにいる予定じゃなかったか?」
「今晩からは、ホテルを取ってある。お前も旅疲れで一人でゆっくりしたいだろ?」
「俺に気をつかわなくてもいいのに」
「いい方を間違えた。俺がゆっくりできないから返す」
「最初から、彼女といちゃつくために部屋を取ったと素直に言えよ。ついに絶食系も卒業だな」
「…そんなつもりはない」
「だって?さすがにそれじゃ矢島さんも寂しいよね?」
ニヤニヤと口元を緩めながら博之が美波に問い掛ける。美波は質問の意味を理解して頬を赤く染めて困惑していた。たまらず、彼女を背中に匿い、博之の下世話な視線を遮る。
「博之、あんまり彼女を困らせるな。世話になった礼はまた返す」
「ハイハイ、また今度な」
これからは顔を合わせる機会が増えそうな親友に、ひとまずの別れを告げた。