草食御曹司の恋
思い出のホテルの広いメインガーデンを貸し切って、家族と親しい友人だけを招いて式を挙げる。二人の希望はピタリと一致した。
誰も反対することはなかったが、二人とも互いに熊澤家の長男、矢島家の長女という自覚はある。来月の日本での披露宴には、互いの家の関係者も招いて盛大な会になる予定だ。
ガーデンに設けられた祭壇の前には白いバージンロード。
淡いブルーの花に彩られたそこで、撮影のために二人で見つめ合う。
上目遣いに見つめる彼女は、やはり可愛くて、柄にもなく突然甘いことをしたくなるから困る。
ほんの少し身をかがめて、彼女の頬をかすめるように口付ける。
驚いたように固まる彼女にそっと囁いた。
「ごめん、式まで待てなかった」
「ふふ、本番は数十分後ですよ?」
「うん、待てない」
もう一度ゆっくりと彼女の頬に口づける。
彼女は嬉しそうにそれを受け入れてから、こう呟いた。
「本番は頬ではなく、唇に」
まるで大切な願い事を言うみたいに、まっすぐ俺を見つめる瞳を見て彼女と初めて合った日を思い出す。
もし、あの時、あのまま見合いを進めていたら、俺たちの今は変わっていただろうか。
ふと、そんなことが頭を過ぎったけれど、目の前の彼女の笑顔にかき消された。
運命ではなくて、今、自分の手の中にある幸せを信じよう。
今度は彼女の唇に口付ける。
予想していなかったのか、彼女は慌てて瞳を閉じた。
カメラマンがシャッターを切る音を聞いてから、ゆっくりと顔を離す。
「ごめん、また待てなかった」と謝る俺に、「待たなくていいです」と顔を赤らめつつ返す彼女に、たまらずもう一度口付けた。
この恋の行き着く先。
それが、俺と彼女にとって最良だと信じられるものであれば、他に何も望むものはない。