もしも氷上竝生がディアラバにハマったら
第1章 トリップ
「いえ、さっき『ゲームにハマる』って表現を使ったけれど、これには『進行が行き詰まる』って他にも、もうひとつ意味があるのよね――つまり、ゲームに『没頭する』」

 氷上竝生は不覚にも、あの不愉快な科学者の台詞を思い出してしまった。氷上はつい数週間前、四国を舞台にして行われ、最初から最後まで訳が分からなかったゲーム、四国ゲームに参加していた。その四国ゲームのプレイ中に、地球撲滅軍不明室を束ねていた科学者、左右左危が氷上に言った台詞だ。

 自分のキャラクターとして、ビジネスライクでクールビューティー、というのをを売りとしている――四国ゲームで大きなキャラ崩壊こそしたものの、かつてのキャラを取り返そうと躍起になっている――氷上だが、至福のプライベートタイムがあってこそ、仕事でも精力を発揮できるという訳だ。彼女は、地球撲滅軍の軍人が寝泊まりするマンションの自室に、ひとりいた。

氷上竝生――コードネーム『焚き火』――は地球撲滅軍第九機動室の所属で、機動室室長にして彼女の直属の上司である十三歳の少年、空々空のお世話係だ。コードネーム『醜悪』と呼ばれる空々室長は、今頃氷上のそれより広い部屋で、ぐっすり眠っていることだろう。無理もない、時刻はもう十二時を回っている。空々は学校にこそ通っていないが、身体は育ち盛りの少年だ。健全――はたして彼に使用して大丈夫な単語だっただろうか――な成長期の彼には睡眠が必要なはずの時間帯である。

 氷上は先日の四国ゲームで、自分の属する組織にとんでもない裏切りを行ってしまった。その時は、組織への所属からも首を切られるかとひやひやしたが、今こうして自室でくつろげるということは、処分を受けなかったということだ。むしろ、幹部クラスの上司には称賛を受けたくらいだ。命令違反どころか、開発した最終兵器を暴走させ、『不明室』を壊滅に追いやったあの左博士でさえ、処分を受けなかった。柄にもないフリフリのロリータ衣装を着た甲斐があったがもう一生御免だ。

別にロリータファッションが嫌いという訳ではない。むしろ、そういう女子的なものは割と好きな氷上だ。ただ、先ほども言ったようにビジネスライクでクールビューティーを売りとする彼女は、そういった趣味によって自分のキャラクターが崩壊するのではと、恐れているのだ。先日の四国においてその恐れは現実となってしまったが、大丈夫、まだ巻き返せる。

 そんな精神的な疲れを払拭すべく、ひとりわずかな休憩として、氷上は先ほどまでテレビを観ていた。テレビ、深夜番組、アニメ。さらに言えば、女子的も女子的、乙女チックも乙女チック――乙女ゲームをアニメ化した作品だった。例えば『ゲームにハマる』だと二つの意味に捉えられるが、アニメの場合、進行に行き詰まるなんてことはない。意味合いとしては一つしかなく、そして氷上竝生はこの作品に『ハマって』いた。
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