【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
初めてだった。私の本当の姿をあんなにも瞬時に見抜いて、尚且つ同情もしない、怒らない大人。


親だって、教師だって、私の事なんか本当の意味で見てない。いい子ぶってる表の私にしか見向きしないし、自分が一番可愛い筈なのに。


煩いくらい鳴りつづける心音を抑えることが出来ない……あの、眼鏡の奥のまっすぐな二重が脳裏から離れない。



「歌川卓志……タク、さん」


見えなくなった彼の姿を夕闇の中にもう一度重ねて、ただ消えた先を見つめる事しか出来なかった。


今、私の鼻の奥に残る香りは、蒼次郎のミントの香りじゃない。


タクさんの骨張った掌から香る、太陽の香りだった。


その香りを、鼻から出し切る事が出来ない。もう、香りを放つ人物はその場から居なくなってしまったと言うのに。


ほわほわと柔らかく私を支配しているのは、多分タクさんのあの甘く柔らかい、優しい声と整い過ぎた笑顔。


きっとあの人が見た事も無いくらい恰好いい見た目で、なおかつ変な人だったからだ。だから、私は戸惑っているに違いない。
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