【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
「蒼次郎君、いつも美姫さんをお借りして申し訳ありません。働かせている立場であれなんですが。今日はお仕事の事は一旦忘れさせてあげて下さいね」


「いえいえ、お気遣いありがとうございます」


タクは蒼次郎に軽く挨拶をすると、忙しそうにお客さんの対応に戻って行く。


「歌川さん、いい人だな。一瞬でも浮気を疑った自分が馬鹿みたいだな。あんな優しい人なのにな。美姫、本当にごめんな」


そう言って笑う蒼次郎に、自分の今の現状が苦しくなった。


あの時は気持ちだけだったけど、今はそうじゃない。だから、今こそ怒らせて、悲しませるような現状。


タクにも罪悪感はあるのかな。あるとすれば、タクは私なんかより仮面を被るのが上手な、綺麗じゃない大人なのかも知れない。


だって、蒼次郎に向けていた微笑みは私に向けるものと何一つ違いは無かったもの。


無意識にタクの背中を追う私を、微かに眉を寄せて蒼次郎がじっと見つめた。


誤魔化すように私は、チェックリストの備考欄に書き込む。


『午前十一時半。ヘルプの二人とホールリーダの動きよし。他三名疲労が顔に出ている』


「美姫、なかなか厳しいな」


蒼次郎はそんな私の文字にほっとしたような顔をして、またオムライスへと視界を戻した。
< 110 / 211 >

この作品をシェア

pagetop