【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
《お世話になっております。株式会社PE代表取締役秘書の歌川でございます。……あれ、おかしいなぁ、返事が無い。こちらの声は届いておりますでしょうか?》


動きの止まっていた私の耳に聞こえた声は完全に仕事モードの、かなり丁寧な口調。けれど、先程と変わらない受話器越しに聞こえた心地良い低音の声に私は、急いで耳にスマホを引き戻した。


「あ、私、あの、夕方の……」


勇気を振り絞って出た声は、やけに上ずっている。彼にはどう聞こえただろうか。


《ああ!君でしたか。わざわざお電話ありがとうございます。もう暗かったからお宅まで送れば良かったかと思っていたのですよ。女性より先に立ち去るなんて失礼しました》


その、受話器の向こうから聞こえる優しい声に、私は感じたことのない安堵感を覚えた。なんだろう……不思議だな。ほんの少し前に出会ったばかりの人なのに。


おそらく、タクさんには人を包み込む、そんな何かがあるのだろうと思う。


そんな優しさに抗う事なんか私には出来ない。経験した事が無い物だから、その術を知らないのだ。
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