【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ



季節外れの海は、夏の日差しに輝く海より好きかもしれない。


あの日も今程冷えてはいなかったけれど潮風が寒かった事を思い出す。


あの時のように靴を脱ぎ、ジーンズの裾を捲って水温を確かめる事は出来ないけれど、タクを好きだと見つめたあの日の想いは、今でも色褪せない。


潮風が吹いた。私の伸ばしっぱなしの髪の毛も、その風に逆らわずに靡く。


タクにさよならをを告げたら、この髪の毛ともさよならしてみようか。した事の無いショートカットになって、全てをさらけ出せる私に生まれ変わるのも悪くない。


「さよなら、か……」


蒼次郎、好きなのに別れを告げるのってこんなに胸が痛いんだね。


なのに、蒼次郎は私の為にそうしてくれた。勇気をもらったよ。


一人で佇む海は静かだ。波の音も、風の音も心地良く耳を突き抜けるだけ。もう、一人でいる事は怖くない。本当の意味で一人じゃない事が分かったから。


「……み、き」


そんな私の背中に、甘い響きがぶつかった。波の音よりも更に小さな、大好きな声。


振り返ると、何とも言えない表情のタクが、私と同じ方向にウェーブがかった黒髪を靡かせている。


ああ、愛してる。この溢れ出る気持ちを開放しよう。さよならの向こうに何が待っていようとも。
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