【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
「……美姫?あ、やっぱりそうでしたね。見間違いじゃなくて良かった。こんにちは」


不意に、頭上からすっかり聞き慣れた心地良い声が聞こえる。


さっきまで考えていた人の声だからびっくりして見上げれば、そこには整い過ぎた顔の本物のタクが立っていた。


何だかそれだけで、ふわふわと浮き足立つ。私のくたびれた焦げ茶色のローファーと、タクの高価そうな革靴が、至近距離で同じアスファルトを踏んでいる。


「え……あ、こんにちは」


私はあの日以来のタクとの遭遇に変に緊張し、よそよそしい挨拶をした。なんせ、やり取りは殆ど毎日だったのに顔を合わせたのはだ二度目なんだ。


「あはは、酷く他人行儀ですね。……しかし、こんなとこで何をしているのですか?もしかして、彼氏待ちだったりして」


「違いますよ。ただ、何となく家に帰らないでぶらぶらしていただけです」


私が答えると、タクは「君らしい答えですね」と一言言って、眼鏡の奥の丸っこい瞳を柔らかく細め、笑い出した。
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