Poisony Poison Girl
毒素さんは本当に夕方まで書を読むに徹していた。分厚い推理小説を一日で何冊読むんだこの人。たまにラボの人たちから送られてくる本も、すぐに足りなくなってしまいそうだ。
昼ごろ運ばれてきた毒素様用特製料理も、まあ当然の如く毒だった。一見普通のランチに見えるのに、謎の植物が切り刻まれてサラダ化していたり白米が白米じゃなくてどどめ色だったりと凄まじい料理の数々を目の当たりにした。半年経っても驚くのはそのレパートリーだ。毒だけでこんなに多くのメニューができるんだな。コックさんも大変だろう。おみそれいたしました、毒。余談だが、食事中に僕が
「美味しいのかな…」
とウッカリかつシッカリ口にした時、
「食べる?命は保証しないけど」
とめっちゃスマイリーに言った毒素さんに未だに恐怖を感じています、汗の顔文字。
とまあランチと同じく毒々しいディナーを毒素さんが摂取し終えた後しばらくババ抜き(繰り広げられた低レベルな互角の戦い)をして毒素さんの就寝時間。今日という一日も残すところ十二分の一だ。毒素さんはピンクのパジャマに着替えて紅茶を飲んでいた。優雅だな。毒入り茶葉かな。隣に置いてあるパックを覗き込んでみる。僕も知ってるメーカーの、普通の黄色いパックだった。とりあえず、今日の僕の任務はもうすぐ終了だ。
僕のような研究員でも一応泊まり込みの仕事なため私生活用の個室が用意される。寮制の学校みたいなものだ。毒素さんが寝付いたのを確認し、別に愛しい訳でもない自室へと足を運んだ。
着ていた白衣は廃棄、薬品入りのシャワーを三回ほど浴びて消毒完了。毒素さんと触れあった形跡を物理的に消滅させた。
元素周期表を唱えながらしばらく歩くと無機質な廊下で初老の男性に出会った。ルビジウムストロンチウムイットリウムジルコニウムニオブと呪文のように唱えながら歩を進める僕に向かって男性が変な人を見るような冷たい目線を送って来なかったのは、科学者は大体変人だという都市伝説の裏付けなのか、元素周期表をとっくに暗記している人だからなのか。男性は小柄だが肉付きがよく、毛髪アピールが控え目な人だった。
「こんばんは、所長」
「こんばんは……えっと」
「ジンです」
「ジン君。お疲れ様。君は娘の実験観察担当だったね」
「はい」
我らが毒ラボの所長は毒素さんのことを娘という。毒素さんは試験管ベイビーということでほとんど人工的に彼女が創造されたのだろうが、もしかしたら所長の遺伝子が入っているのかもしれない。丸顔なところとか、似てるし。
「深夜まですまないねえ」
「いえ、仕事ですから。所長こそお疲れ様です」
「真面目な子だねえ、そんな優秀な人材が来てくれて嬉しいよ。助かるさ。ああ、ありがとうねえ。今、ちょうど娘に関しての論文を書いているんだ。君のデータを参考にさせてもらってるよ」
「それはそれは。ありがとうございます」
「君も美少女の世話ができて嬉しいだろう。今日はゆっくり休みなさい」
ふむ。確かに毒素さんは美少女だな。
僕は所長に就寝の挨拶を告げ、部屋に向かう足を再起動させた。
所長は人当たりが良く研究熱心なため部下からの信頼に厚い。国語辞典の温厚篤実という四字熟語の欄に顔写真を載せたいくらいの仁徳を備えている。僕もそれなりに尊敬している人物だ。
二足歩行による移動のおかげで僕のアイカメラは数メートル先に目的地である自室を認識した。《でるた》と平仮名で書かれた少女趣味なプレートは初見時からあったもので、誰の趣味かは分からない。所長かな。それはないな。うん。きっと毒素さんの趣味だ。
部屋に入り鍵をかけ、購買で買ったオリジナルピッツァササミ盛りスペシャルを夕飯に摂り、備え付けの風呂で薬品なしのシャワー(ちょっと豪華だ、全学研の財力が窺える)を浴びた後、シングルベッドにダイブした。
「…………論文ねえ」
そこで僕のケータイが鳴った。電話の着信音だ。イギリスの伝説的な有名四人組バンドの音楽で助けを求めるような歌詞だといえば誰だって想像つくだろう。聴き惚れていたいところだがそれはまたの機会に、ということで僕は横になったまま電話に出た。
「もしもし」
「もしもーしジン氏、俺だよ俺」
オレオレ詐欺だった。
「あー君ですか。実は僕バイクで事故ってしまって相手の車壊して、しかも運転手が妊婦で流産させてしまいました、慰謝が払えないくらい馬鹿高くて、悪いけどお金を貸してくれませんか」
詐欺返してみた。
「成程、その手があったか。先手必勝だな」
感心された。
「で、なんの御用ですかルイ氏、違う詐欺師、いやペテン師?」
「最初のやつで正解だよ」
前言撤回。電話はルイという男からだった。ルイは僕の同期で、同い年だ。髪を赤く染めてたり喋り方がチャラチャラしてたりするが、根元は良い奴だ。偶に毒素さんの所に遊びに来てくれる。因みに高身長で、倉庫で頭をぶつけているのをよく見かける。倉庫の天井に触れたことすらない僕に少しばかり分けてくれ。
「その御用なんだが、今日、全学研の連中が俺のいる猛毒海洋生物研究部まで来てさ、毒人間の処遇がどうのこうのって言ってんだよ。ポイズンガールプロジェクト…PGP担当は愛しの大親友ジンだろ?興味もったから聞かせてくれよ。毒素ちゃんの事情って事で心配だし」
「嫌だ」
「そこをなんとか」
「ハウエヴァー、僕も詳しく聞いてないんでね。そのうち話があると思うけど、今のところ君に話せることはないんだよね、というより僕が知りたいコレ本音なんだよね」
口調においてわずかばかり毒素さんが乗り移ってしまった。きっと毒素さんの声帯辺りから出る毒物に感染してしまったのだろう。
「そうか。わかったありがとうな」
「いえいえ」
「今度暇あったら釣り行こうぜ」
「はいはい、そしておやすみなさい」
「あーいおやすみー、はーと」
電話を切った。全学研か…果たして何だったのだろう…。
一度起き上がり、注射を左腕に打つ。効能の全然違う例えだが、高血糖のオジサマ方が日常的に処方するように、僕も毎晩打っている。毒素さんの毒に耐えられるように。
そして今日のまとめとして思考回路を四十パーセントほど活動させ、名前をつけて保存し、脳をスリープ状態にした。数分もすれば完全にシャットダウンするだろう。
おやすみ。
今日も素敵な一日でした。
昼ごろ運ばれてきた毒素様用特製料理も、まあ当然の如く毒だった。一見普通のランチに見えるのに、謎の植物が切り刻まれてサラダ化していたり白米が白米じゃなくてどどめ色だったりと凄まじい料理の数々を目の当たりにした。半年経っても驚くのはそのレパートリーだ。毒だけでこんなに多くのメニューができるんだな。コックさんも大変だろう。おみそれいたしました、毒。余談だが、食事中に僕が
「美味しいのかな…」
とウッカリかつシッカリ口にした時、
「食べる?命は保証しないけど」
とめっちゃスマイリーに言った毒素さんに未だに恐怖を感じています、汗の顔文字。
とまあランチと同じく毒々しいディナーを毒素さんが摂取し終えた後しばらくババ抜き(繰り広げられた低レベルな互角の戦い)をして毒素さんの就寝時間。今日という一日も残すところ十二分の一だ。毒素さんはピンクのパジャマに着替えて紅茶を飲んでいた。優雅だな。毒入り茶葉かな。隣に置いてあるパックを覗き込んでみる。僕も知ってるメーカーの、普通の黄色いパックだった。とりあえず、今日の僕の任務はもうすぐ終了だ。
僕のような研究員でも一応泊まり込みの仕事なため私生活用の個室が用意される。寮制の学校みたいなものだ。毒素さんが寝付いたのを確認し、別に愛しい訳でもない自室へと足を運んだ。
着ていた白衣は廃棄、薬品入りのシャワーを三回ほど浴びて消毒完了。毒素さんと触れあった形跡を物理的に消滅させた。
元素周期表を唱えながらしばらく歩くと無機質な廊下で初老の男性に出会った。ルビジウムストロンチウムイットリウムジルコニウムニオブと呪文のように唱えながら歩を進める僕に向かって男性が変な人を見るような冷たい目線を送って来なかったのは、科学者は大体変人だという都市伝説の裏付けなのか、元素周期表をとっくに暗記している人だからなのか。男性は小柄だが肉付きがよく、毛髪アピールが控え目な人だった。
「こんばんは、所長」
「こんばんは……えっと」
「ジンです」
「ジン君。お疲れ様。君は娘の実験観察担当だったね」
「はい」
我らが毒ラボの所長は毒素さんのことを娘という。毒素さんは試験管ベイビーということでほとんど人工的に彼女が創造されたのだろうが、もしかしたら所長の遺伝子が入っているのかもしれない。丸顔なところとか、似てるし。
「深夜まですまないねえ」
「いえ、仕事ですから。所長こそお疲れ様です」
「真面目な子だねえ、そんな優秀な人材が来てくれて嬉しいよ。助かるさ。ああ、ありがとうねえ。今、ちょうど娘に関しての論文を書いているんだ。君のデータを参考にさせてもらってるよ」
「それはそれは。ありがとうございます」
「君も美少女の世話ができて嬉しいだろう。今日はゆっくり休みなさい」
ふむ。確かに毒素さんは美少女だな。
僕は所長に就寝の挨拶を告げ、部屋に向かう足を再起動させた。
所長は人当たりが良く研究熱心なため部下からの信頼に厚い。国語辞典の温厚篤実という四字熟語の欄に顔写真を載せたいくらいの仁徳を備えている。僕もそれなりに尊敬している人物だ。
二足歩行による移動のおかげで僕のアイカメラは数メートル先に目的地である自室を認識した。《でるた》と平仮名で書かれた少女趣味なプレートは初見時からあったもので、誰の趣味かは分からない。所長かな。それはないな。うん。きっと毒素さんの趣味だ。
部屋に入り鍵をかけ、購買で買ったオリジナルピッツァササミ盛りスペシャルを夕飯に摂り、備え付けの風呂で薬品なしのシャワー(ちょっと豪華だ、全学研の財力が窺える)を浴びた後、シングルベッドにダイブした。
「…………論文ねえ」
そこで僕のケータイが鳴った。電話の着信音だ。イギリスの伝説的な有名四人組バンドの音楽で助けを求めるような歌詞だといえば誰だって想像つくだろう。聴き惚れていたいところだがそれはまたの機会に、ということで僕は横になったまま電話に出た。
「もしもし」
「もしもーしジン氏、俺だよ俺」
オレオレ詐欺だった。
「あー君ですか。実は僕バイクで事故ってしまって相手の車壊して、しかも運転手が妊婦で流産させてしまいました、慰謝が払えないくらい馬鹿高くて、悪いけどお金を貸してくれませんか」
詐欺返してみた。
「成程、その手があったか。先手必勝だな」
感心された。
「で、なんの御用ですかルイ氏、違う詐欺師、いやペテン師?」
「最初のやつで正解だよ」
前言撤回。電話はルイという男からだった。ルイは僕の同期で、同い年だ。髪を赤く染めてたり喋り方がチャラチャラしてたりするが、根元は良い奴だ。偶に毒素さんの所に遊びに来てくれる。因みに高身長で、倉庫で頭をぶつけているのをよく見かける。倉庫の天井に触れたことすらない僕に少しばかり分けてくれ。
「その御用なんだが、今日、全学研の連中が俺のいる猛毒海洋生物研究部まで来てさ、毒人間の処遇がどうのこうのって言ってんだよ。ポイズンガールプロジェクト…PGP担当は愛しの大親友ジンだろ?興味もったから聞かせてくれよ。毒素ちゃんの事情って事で心配だし」
「嫌だ」
「そこをなんとか」
「ハウエヴァー、僕も詳しく聞いてないんでね。そのうち話があると思うけど、今のところ君に話せることはないんだよね、というより僕が知りたいコレ本音なんだよね」
口調においてわずかばかり毒素さんが乗り移ってしまった。きっと毒素さんの声帯辺りから出る毒物に感染してしまったのだろう。
「そうか。わかったありがとうな」
「いえいえ」
「今度暇あったら釣り行こうぜ」
「はいはい、そしておやすみなさい」
「あーいおやすみー、はーと」
電話を切った。全学研か…果たして何だったのだろう…。
一度起き上がり、注射を左腕に打つ。効能の全然違う例えだが、高血糖のオジサマ方が日常的に処方するように、僕も毎晩打っている。毒素さんの毒に耐えられるように。
そして今日のまとめとして思考回路を四十パーセントほど活動させ、名前をつけて保存し、脳をスリープ状態にした。数分もすれば完全にシャットダウンするだろう。
おやすみ。
今日も素敵な一日でした。