俺様当主の花嫁教育
いよいよ御影さんのお点前が始まった。
彼の流れるような所作はさざ波すら立たない静かな池を眺めているようで、心が穏やかに鎮まっていくのを感じた。


静。閑。侘。寂。凛。


漢字一文字だけでいろんな意味を伝えらえる日本語って、こういう時だからこそぴったりだと思うのに、うまい言葉が浮かんでこないのが焦れったいくらい。


こんなに『美しい』男を、私は今まで見たことがない。
心の底からそう思ってしまうくらい、御影さんはどうしようもなく美しかった。


柄杓で湯を注ぐ腕。
茶筅が茶碗と擦れて凛とした音を生み出す、筋ばった大きな手。
そこに注がれる真剣で涼しい目。
仕草も目線も、瞬きする間も惜しいくらい、私は彼に見入ってしまっていた。


こんなにジロジロと見入るのはお作法違反かしら?と、我に返って慌てて周りに目を向けたけど、みんな私と同じように御影さんのお点前を見守っていた。
どうやら、どんなにこの場の雰囲気に精通している人でも、美しいものに目を奪われる感覚は共通するようだ。


そうして点てられたお茶が、正客に振る舞われる。
四客目の私の前には、お運びさんが茶碗を置いて行った。


「お先に」

「結構なお点前で」


馴染みはなくてもどこかで聞いたやり取りを耳にしながら、私の番が来るとそれに倣って同じ言動を繰り返す。
いただいたお抹茶は、茶道なんか全く分からない私にでも、苦みの中にほんのりまろやかな柔らかさを感じて、今まで味わったことのない新鮮な『美味しさ』だった。
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