俺様当主の花嫁教育
平安貴公子とジャパネスク
そして私は……。
二週目にして、根を上げた。


「……も、ほんと勘弁してよ……」


一日の仕事を終えて、いつもよりも開放感溢れる気分でオフィスを後に出来るはずの週末、金曜日の夜。
社員IDを翳してセキュリティを抜けてすぐ、私は正面ドアの向こうの通りに、もうすっかり見慣れてしまった胴長の黒いリムジンを見つけて、足を止めたまま動けなくなった。


週末くらいは、御影さんにもお忍びの予定があるだろう。
特定の彼女……はいなそうだけど、出会った時のように一人でバーに行ったりするだろうし、自分の時間を楽しむに決まってる。
そう思っていたのに、御影さんはリムジンに凭れかかりながら、腕組みして正面ドアに向かい合っている。


このビルから出るには必ずここを通るとわかっているから、先週からずっと、平日の夜、彼はそこに佇んで私を待っているのだ。
仰々しい着物姿で、私を拉致する為に。


一週間連続で同じ光景を繰り広げて、御影さんはうちの社内でもすっかり有名人だ。


週明けには、トイレですれ違うだけの顔も名前も知らない他部署の女性が、定時時間に合わせて現れる御影さんを『光源氏』と呼ぶのを聞いた。


なるほど、言いえて妙だ。
バックに停まっているのは牛車ではなく現代の高級リムジンだけど、夜ごとの逢瀬に繰り出す姿は、まさに平安時代の貴公子そのものだ。


そして、もう今となっては、御影さんの素性まで既に知れ渡っている。
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