俺様当主の花嫁教育
……考えてみれば、まだ肝心なものを教えてもらっていない。
そんな思考に至った時、襖が静かに開いた。


「悪いな。遅くなった」


ちっとも悪いと思っていなそうな声でそう言って、濃紺の着物を纏った御影さんが私に近寄って来る。
淡い紫色の着物の包みを手にしていた。


「……今日は何のお稽古ですか? 御影さん」


ちょっと刺々しいと思いながらそう訊ねると、御影さんが私の前に手にしていた着物をそっと丁寧に置いた。


「茶道」

「え?」


短い返事に、短い疑問の声を上げた。


「文句あるか」


ジロッと睨まれて、私は慌てて首を横に振った。


正直なところ、毎晩ここに連れて来られるたびに、拍子抜けしていたのだ。
仕込むとかしごくとか言ってた割に、御影さんは今日まで一度だって自分のお家芸を私に伝授しようとはしなかったのだから。


だから私も、心の奥底では焦れていた。
人任せにしてないで、早くお手並み披露しなさいよ!なんて、御影さんを罵っていたのだから。


そんな私の心の声が届いたのか、御影さんは片膝を立てた姿勢のまま、フッと俯いて笑う。


「俺に教わりたいと思うなら、まず立ち居振る舞いを身につけろ。一時間正座も出来ない女じゃ、到底俺が手を出すほどの器じゃない」


上目遣いにニヤッと笑われて、不覚にも心臓がドクンと騒いだ。


「な、なら」


そんな鼓動を気づかれたくなくて、私は素っ気なく呟いてそっぽを向いた。


「私は二週目にして御影さんのお眼鏡にかなったってこと?」

「自惚れんな。ば~か」


強気で聞くと、即答でそう返される。
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