俺様当主の花嫁教育
その翌日、仕事のお昼休憩を終えて、トイレの洗面台前に並んで立った由香に、私はプリプリしながらそのことを話した。


「だって別に彼氏じゃないんだよ！？　普通に買って高そうだと思うもの、奢ってもらうわけにいかないじゃない！」


由香は身を乗り出して鏡を覗きながら、口紅を直している。


「御影さんの方はデートのつもりだったんじゃないの？ 御曹司なんだし、チケット代なんか痛くも痒くもないでしょ。スマートにエスコートしてる最中に金を気にされて、面子丸潰れだったんじゃない？」


鏡越しに私の方を見遣ってから、軽く唇を動かして口紅を馴染ませる。
そうして一度身体を起こして、由香が私に向き合った。


「男の沽券っていうの？　あの人、そんな感じ。『連れてる女には一円たりとも払わせない』って」

「……だから、デートじゃないってば。彼女じゃないんだから、そんな図々しいこと出来ないよ。それに平日のお稽古だって、普通に習ったら幾らかかるかわからないのに」


そう言って頬を膨らませると、由香は呆れたように息を吐いた。


「それがわかってるなら、私はむしろ、そこに恐縮すべきだと思うわ」

「そ、そりゃあ……」


そこを指摘されると私も反論出来ない。
強引な御影さんに不満こそあったけど、茶道家としての彼はすごい人だと思う。
毎日接しているうちに、そこを敬う気持ちはちゃんと芽生えていた。


素直に感謝を表せないのは、御影さんが私に『仕込む』理由が理由だからだ。
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