恋がしたい。ただ恋がしたい。

「いらっしゃいませ!」


正面にあるケーキが並んだショーケースの後ろから、一際元気な声が店内に響く。


そこに立っているショートカットで、すらりとした体型の背の高い女性は、この店のオーナーでブーランジェ(パン職人)の志帆(しほ)さんだ。


志帆さんは私の姿を見つけると、艶のある赤い唇の両端をキュッと豪快に持ち上げて、笑顔で手を振ってきた。


「こんにちは!久しぶりね。かおーー」


たぶん『香織ちゃん!』と続けようとしたその言葉を、慌てて口元に人差し指を当てて『シーッ!』のポーズで遮った。



そのままそーっと近づき、小声で「志帆さん、こんちには。…小山くんは奥に居ます?」と聞いてみる。


「奏一?今出掛けてるけど。たぶん暫く戻らないと思うんだけど…何か話でもあったの?」


話なんて無いです。


ただ小山くんに…


あなたの旦那さんに余計な話を聞かれたくないだけで、これ以上余計な事を言いふらされたくないだけです。


…って、もちろんそんな事は言えないので、「いえー…何も無いんですけど…。」とモゴモゴと口ごもってしまった。
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