恋がしたい。ただ恋がしたい。
「でも、私…亨の浮気だけを責めて…ううん、責める事もしなかった。私がしたのって、逃げた事だけなの。同窓会から逃げて、アパートから逃げて…。亨と向き合う事もしなかったの。自分が傷つかないように。…情けないよ。」
紫が側にいてくれたら、そんな情けない私を許してはくれなかっただろう。
いつも通りバッサリ切って、それでも私が強く再生できる道を一緒に探してくれたはずだ。
「情けなくないよ。」
「…えっ?」
思わず上げそうになった頭を裕介くんの手がポンポン、と押さえる。
『そのまま聞いて』。そう言われた気がして、思わずコクンとうなずいた。
「…恋してるとさ、楽しい事ばっかりじゃないし、罠や落とし穴だってあるかもしれないよね?」
「相手のいない、片思いの恋だったら罠にかからないようにしたり、落とし穴が無いか気を付けたりするのは全部自分一人でやんなきゃいけないけどさ。でも付き合ってるとそうじゃないでしょ?」
「相手の事を考えない恋人の態度に傷つくのは当たり前だし、ズタズタになる前に逃げて自分を守ったのも、全然悪い事じゃないよ。それでも香織ちゃんは自分一人だけが悪かったって、そう思ってるの?」
確かにそうかもしれない。でも亨の気持ちを深く考える事をせずに傷つけた後悔は、別れた後でもしばらく胸の中からは消えてくれないだろう。
じっと下を向いたまま黙っていると、はぁ、とため息をつく音がした。
「香織ちゃんは、優しすぎるよ。…大体あんなのはさ、アイツが自分の掘った落とし穴に落ちて墓穴を掘っただけだし、やっと穴から這い出したと思ったら、今度はあの女のかけた罠に嵌まったってだけの話でしょ?」
裕介くんらしくない、そっけない言い方にビックリして思わず顔を上げてしまう。
私の目にはいつもの優しい笑顔とは違って、薄い唇の片端をキュッと上げ、ちょっとだけ意地悪く笑う裕介くんの姿が映っていた。