恋がしたい。ただ恋がしたい。
「……っ。」
紫の言葉に裕介くんの顔が強張った。
「紫、それはー」
「香織は黙ってて。」
『裕介くんのせいじゃないよ。』そう言いかけた言葉を遮られる。
少しだけ青ざめた表情の裕介くんを残したまま、紫はキッチンへと戻って行った。
「はい、これ晩ごはん。温めておいたからね。…じゃあ、私はこれで帰るから。後は二人で話しなさい。」
紫はローテーブルの真ん中に鍋をドンと置くと、そのままスタスタと玄関へ向かって行く。
「…えっ?…紫ちゃん、帰るの?」
「裕介。ほら、鍵。」
そして、おもむろにリビングの扉の前で振り返って、呆気に取られている裕介くんに向かって鍵を放り投げた。
「そうだ、裕介。これ以上中途半端な事したらビンタぐらいじゃ済まないからね。アンタはもう既に約束破ってるんだからね!分かった?!」
慌てて鍵をキャッチした裕介くんに向かってビシッと指を差しながら、決め台詞のように口にした紫に思わず「えー?!」と大きな声が出てしまった。
「あっ!…まぁ…何て言うの?今のは…えーと、そう、そう!言葉のあや、ってヤツよ。じゃあね。送んなくていいわよ、もう下に亘来てるから。」
きっと…つい一時間ほど前に、『裕介は絶対に中途半端な事はしない!』と私に本気で怒った事を思い出したんだろうな。
紫はゲラゲラと笑いながら後ろ手で手を振って、振り返る事も無く玄関を出て行ってしまった。