好きも嫌いも冷静に
「環〜?居るか〜?お〜い」
店の明かりが消えていたから、部屋に居ると思ったんだけど、…居ないのか…。
明日休みだから来て見たんだけどな…。
「環?た、ま、き?環〜」
何だか、猫、呼んでるみたいだな…。…。
言ったら、ひっぱたかれるな…。
勝手口から入るこのドアの鍵は、環が渡してくれたモノだ。
いつ来ても問題ないからと。
これだけ呼んで返事もないし、居ないのか…。
暗いし、出掛けているのか…。
連絡して来た訳じゃないから、居なくても仕方ない。環にも環の都合がある。
待って居ようか…。
んんー。いつ帰るか解らないか。
でも…、何だか居てもいい事はないような気がしていた。
と言うより、何かが帰れと言っているような気さえしていた。
胸騒ぎというやつかな…。
どうやら帰った方が良さそうだな…。
それは表通りに出た時に確信となった。
足取りの覚束ない環が、歩いてこっちに来ていた。隣には、…男だ。
優男が肩を貸しながら、大丈夫かと声を掛けながら歩いていた。
時々大きくふらつくと、立ち止まり抱き抱えられるようになった。
環…、フフフって、…笑ってるし。…。
見るもんじゃないな…。他人に、…男に笑顔を向けてる姿なんざ…。
環、酒は飲めなかったんじゃないのか?
客に誘われて断れなかったのか?
そいつは客か?
誰なんだ…環。
解らない事を勝手にあれこれと考えても仕方ない。
居てもいい事にはならない。…当たったな。
どうせなら、もう少し早く、そう思わせといて欲しかったよ…。
今日みたいな事、たまたま知らなかっただけで、今までだってあった事かも知れない。あるだろうな、きっと。
そう思ってしまうじゃないか…。
これが俺の、環の知らない部分の一部なのかな。
料理屋の独り身の女将だ。それが利点になる事もあるだろう…。
帰ろう。見なかった事にして。
俺は…見なかった事に出来るだろうか…。