好きも嫌いも冷静に
「さあ、どうぞ」
「有難うございます」
蕪ら屋に着いた。
俺は助手席のドアを開け、佐蔵さんの手を取った。女性に対してドアは開けることはしても、手、までは取らない。さすがにそこまではしない。佐蔵さんの手を取ったのは着物だと思うように動けないだろうと思ったからだ。
「有り難うございます。……キャッ」
「あ、おっと」
車から降りた途端、振らついて俺の中に飛び込んで来る形になった。
どうやら地面の凹凸に草履が取られたようだった。
「…ごめんなさい。恥ずかしい…」
「いえ、大丈夫ですか?近くにいて正解でしたね」
「ええ、本当に。ごめんなさい。大丈夫です」
抱き着くような体制から佐蔵さんは離れた。
「今日の事…、気にせず、また、お店に寄ってくださいね。と言っても難しく成ったかしら。
…そうだ、すぐ仕度出来ますから少し待っていてください」
「え?」
店の鍵を開けながら佐蔵さんが言った。
「お菜、持って帰って貰おうと思って」
ああ、そういうことか。
「いや、店に出す物を頂く訳には…」
「今日はこの後、少ししかお店開けないから…。
貰って頂いた方がいいんです。無駄になると勿体ないから。ね、協力すると思って」
「はあ、それでは、遠慮なく…頂くことにします」
「有り難う、助かります。ここ、ここに掛けててください」
「はい」
佐蔵さんは襷をサッとかけ、お茶を出してくれると、取り出したタッパーに色々と詰め始めた。
筑前煮、きんぴら、鯵の南蛮漬、肉じゃが等。どれもご飯が進む物ばかりだった。
紙袋に入れると、はい、と手渡された。
「今更…、食べ物で気を引こうなんて思いませんから。変な気はまわさずに、…ただ食べてください。送って頂いたお礼もあります」
なるほど。
「では遠慮なく頂きます」
俺は、こちらに来たら、また寄りますと、社交辞令的な挨拶をして店を後にした。
佐蔵さんは車が見えなくなるまで見送ってくれていた。ルームミラーに映る姿が小さくなるまで玄関の前に立っていた。
転びそうな佐蔵さんを抱き留めた時…、香水の香りとは違う、仄かな香りがした…。
あれは……匂い袋、かな…。