好きも嫌いも冷静に
…環さん?ああ、佐蔵さんね。
「英雄、取り敢えず落ち着けよ、声がでかいって…。スタッフルームったって、洩れるだろ?そんなでかい声…」
ハッとした顔つきになった。我に返ったようだ。
「…すまん。つい、興奮した。…あぁ、悪かったな、いきなり」
「いや、車、あれかぁ…車ね。あれは何でも無い。成り行きだ」
「何でもない、成り行きって、…何なのよ…成り行きでドライブって」
あ、英雄、言葉遣いが。
「まあ、落ち着いて。実は、昨日、上司の命令で見合いだったんだ」
「み、見合い?た、環さんとか?」
「ああそうだ。俺も実際会うまで、見合い相手が誰か解らなかったんだ」
「どうして?」
「どうしてだか、写真を渡されて無かったからだ」
渡すと来ないだろうとか、そんなところまでは今はいいだろう。
「そんな事あるのか?見合いだろ?…それで?」
「それで?」
「それで伊織はどうなのよ?」
「どうって…、俺は、端から断るつもりだよ?」
「本当か?」
「本当だよ」
「本当に本当だよな?」
「…。ああ。嘘つく必要もない。断るよ?会うだけ会ってくれって、そんな見合いだったんだ」
「ふぅ。あ、でもなんで車に一緒に?ドライブしながら見合いだったのか?」
「…違うよ。あれは、どうせ帰るんだから、だったら車で来てるからって、それで送っただけだよ。心配しなくても何も無いよ。送って直ぐ帰った」
「そうか…」
「で?」
「あぁ?」
「どうして、環さんと俺が居たら、そんなに焦ってるんだ?」
尋常じゃないくらい焦ってるじゃないか。
「……それは」
聞くまでもない。
「それは。英雄が好きな大人の人というのが、環さんなんだろ?そういうことだろ?」
「おお…まあな、そういうことだ、大せ〜いか〜い。….…鋭いな伊織」
鋭いもなにも。それしかないだろ。
「…だよな。…。おっと悪い。時間が無くなる。
まだモーニングも口つけてないし、なんなら続きは夜にでも。するけど?」
「ああ、寄ってくれ。待ってる」
特に話す内容もないけど。気になってるようだからな。
しかし……英雄がノーマルなのは理解してるが。……。
俺はこの後、店内の客の好奇の目にさらされながらモーニングを食べることになった。冷めたコーヒーは英雄が取り替えてくれた。