好きも嫌いも冷静に

佐蔵さんは近づいて来るなり、俺の首に腕を回し、唇を奪った。それは一瞬だった。
ちょ、ちょっと、止めてくれ!自由過ぎるだろ!

「っ、佐蔵さん!いきなり何を」

腕をほどき引き離した。

「…謝らないし、諦めないわ。欲しいものは手に入れたいの。ごめんね?見た目と違ってかなり肉食なのよ?私」

「貴女がそういうつもりなら…、解りました。解って頂けないのなら、残念ですが、此処にも、もう来ません。誤解されたくないので。
確かに人を思う気持ちは自由ですが、…相手が望んでいないと言っているのに…、強引にこんな事…。多分誤解している。俺は貴女が思っているような男ではありません。
貴女から見たら、俺は…見かけ倒しのつまらない男、ということになります。
失礼ですが、貴女にキスされたからといってラッキーだとも思いません。正直迷惑です。すみません、言い過ぎたかも知れませんが。
貴女は魅力的な人だが、俺にはその魅力、欲しくないモノです。
折角用意して頂きましたが、すみません、帰ります。
お見合いは、お断りさせて頂きます。ちゃんと断りましたよ。いいですね」

ガラガラガラッ。

「…英雄」

「話は終わったようだな…」

「…すまん」

いつの間に来てたんだ。聞いてたのか。……見てたのか、だとしたらどこからだ。

「なんで?伊織は悪くない…」

「だが、…何だか、すまん…」

俺はグロスが付いているであろう唇を、親指で拭った。嫌いだ、この微妙な質感の感触。

「ああ…、あ、ああ…。否、…俺のモノって訳じゃないから…」

「じゃあ…俺は帰るよ」

「ああ…」

俺達は店の出入口で歯切れの悪い、囁くような会話をしていた。

「あら、英君?美作さんとお知り合い?」

「伊織は友人です」

「…いいのか?友人なんて言って」

「問題無い、本当の事だ」
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