好きも嫌いも冷静に
「あの…」
三段、四段と上がっている後ろから、声がしたような気がして振り向いてみた。
大家さんがこちらを見上げていた。
やっぱり、間違いなかった。
「はい?」
「あの…、この前の朝は失礼しました。…ごめんなさい」
頭を下げている。
「あ、いや。…。俺の方こそ、折角のご好意だったのに、すみませんでした」
…。ふぅ。…。
見下ろして話すのが嫌で階段を下りた。
「あ、ごめんなさい。変なタイミングで話し掛けてしまって。…ごめんなさい」
「いえ、それは関係ないです」
確かに、間が悪いと言えば、…悪い気もしたが…。
「あの…」
「はい、何でしょう?」
「あ…美作さんは、……」
「何でしょう?」
「あの、…やっぱり…何でもないです」
「はい?」
…何だと言うんだ。様子から言い難そうな事なんだとは思うが…。
ふぅ。待っても何も言い出さないのであれば…。
「では」
俺はまた階段を上がり始めた。
「あの、待ってください」
…。
「…はい?」
「あ。…」
はぁ、…一体何だと言うのだ…。そんなに話し辛いことなら無理しなくていいのでは。
流石に俺も、そうそう気長にしても居られなくなった。ああ…こんな俺の、態度が良くなくて話し辛くなってしまったのか?
「あの」
「あ、あの…、あの…、美作さんは、あの…。
好きな人…いらっしゃいますか?」
「………は?…え?」
何なんだ?
「か、彼女さんは居ますか?」
聞こえなかった訳じゃない。だけど言い直したってことはそう取ったのだと思った。
…。そんな思いっ切りプライベートな事。大家さんには関係無いと思うんだけど。
「ごめんなさい。いきなり、こんな事。…でも、あの…、あの、私、…美作さんの事が、私…好きなんです」
はあ?…。…。
俺はまた階段を下まで下りた。
大家さんの前に立った。
「好きな人も、彼女も居ません。今は、それしか言えません。いきなりな事ですし…すみませんが」
突然好きだと言われても。これでもういいだろう…。
そう答えて部屋へと階段を上がった。