好きも嫌いも冷静に


「あの…」

三段、四段と上がっている後ろから、声がしたような気がして振り向いてみた。
大家さんがこちらを見上げていた。
やっぱり、間違いなかった。

「はい?」

「あの…、この前の朝は失礼しました。…ごめんなさい」

頭を下げている。

「あ、いや。…。俺の方こそ、折角のご好意だったのに、すみませんでした」

…。ふぅ。…。
見下ろして話すのが嫌で階段を下りた。

「あ、ごめんなさい。変なタイミングで話し掛けてしまって。…ごめんなさい」

「いえ、それは関係ないです」

確かに、間が悪いと言えば、…悪い気もしたが…。

「あの…」

「はい、何でしょう?」

「あ…美作さんは、……」

「何でしょう?」

「あの、…やっぱり…何でもないです」

「はい?」

…何だと言うんだ。様子から言い難そうな事なんだとは思うが…。
ふぅ。待っても何も言い出さないのであれば…。

「では」

俺はまた階段を上がり始めた。

「あの、待ってください」

…。

「…はい?」

「あ。…」

はぁ、…一体何だと言うのだ…。そんなに話し辛いことなら無理しなくていいのでは。
流石に俺も、そうそう気長にしても居られなくなった。ああ…こんな俺の、態度が良くなくて話し辛くなってしまったのか?

「あの」

「あ、あの…、あの…、美作さんは、あの…。
好きな人…いらっしゃいますか?」

「………は?…え?」

何なんだ?

「か、彼女さんは居ますか?」

聞こえなかった訳じゃない。だけど言い直したってことはそう取ったのだと思った。
…。そんな思いっ切りプライベートな事。大家さんには関係無いと思うんだけど。

「ごめんなさい。いきなり、こんな事。…でも、あの…、あの、私、…美作さんの事が、私…好きなんです」

はあ?…。…。
俺はまた階段を下まで下りた。
大家さんの前に立った。

「好きな人も、彼女も居ません。今は、それしか言えません。いきなりな事ですし…すみませんが」

突然好きだと言われても。これでもういいだろう…。
そう答えて部屋へと階段を上がった。
< 52 / 159 >

この作品をシェア

pagetop