好きも嫌いも冷静に
「…こんばんは…はぁ、やっと…」
大袈裟に言えば命からがらたどり着いた。ハハ。英雄の店から漂ってくる匂いに…吸い寄せられるようにドアを開けた。
「よう、伊織。どうした、やけに…」
出された水を飲み干した。
「はあ、あ゛ー、英雄~。何か作ってくれー。昼飯食いっぱぐれて、今まで何も食ってないんだ。腹へった〜、もう待てない」
食えると思ったらもう駄目だ。
テーブルに伏せた。
「ハハハ、珍しいな。そんなに崩れた伊織は。
おお。何がいい?ご飯ものか?それともパスタがいいか?」
「…ご飯ものー。旨いやつ」
「解った。滅多にサービスしないけど、今夜は特別だ。スペシャル作ってやるから待ってろ」
「これでどうだ?」
しばらくして英雄が運んで来た物。
お子様ランチの大人番といったところだ。バラエティーにとんだ、俺用、増量タイプだ。
「おっ、凄いな、…旨そう。それに…何だか懐かしい。有難う。頂くよ」
スプーンを掴み、センターのオムライスから食べ始めた。
「旨い!」
「…早いな。何食っても旨いんだろ」
「そうかも知れない」
「おい」
「ハハ、嘘だよ、旨いって、本当に」
「まあ、ゆっくり食え」
ふっくらしたハンバーグ、サクサクした衣でプリプリの海老フライ。あっさりもっちりのポテトサラダ、トロリと甘いコーンスープ。
かっちり焼かれた苦めのカラメルのプリン。それにアイスを添えたパンケーキだ。
旗こそ無かったが、大満足の“大人様ランチ"だった。
「…はぁ、ご馳走様」
「堪能したか?」
「ああ、もう食えない。ところで、何かいい事でもあったのか?」
食後のコーヒーを飲みながら聞いてみた。
顔つきから、良い事があったのは間違いないから。英雄は解りやすい。
「ああ」
「そうか、良かったな」
「へっ?は?い、伊織…、それだけか?
もっとこう、ガンガン聞かないのか?いいことってどんなことだとか。いや、寧ろ聞いて欲しいのに…」
「いや。英雄の嬉しいのが減ったら悪いからな」
「んな〜、減る訳無いじゃ〜ん。聞け、聞け」
ほら、ほら、来い、来いと手招くポーズをとっていた。
…聞いてやってもいいけど。どうせ惚気話だ。
「特別な料理を作ってくれたくらいだ。相当いい事だろ?」
「ん、まあ、な」
「だったら持っとけよ。ここに」
俺は英雄の胸に手を当てた。
あ…、慌ててキョロキョロした。また誤解の元か?男が逞しい男の胸を触るなんてな…。
「大丈夫だ」
察したのか、ニッと笑って英雄が言った。
「誤解は全てオールクリアだ」
胸を張って言った。