好きも嫌いも冷静に


俺は大家さんの回した腕を解こうとした。
余計きつくなった。

「…大屋さん、ダメですよ」

「だったらもう少しこのまま。お願いします。
もう、これ以上我が儘言いませんから…」

声が震えている。顔は解らないがどうやら泣いているようだ。………一生懸命に真っ直ぐに、気持ちを現そうと…純粋な人だ…。
俺は腕を回した。
驚いたのだれう、大家さんは、えっと顔を少し上げた。
涙が目の中に膨らんで溜まって落ちた…。
なんて…思いつめた顔をしてるんだ。
……負けたのか、俺の負けか…、この必死さに負けたのか?
流れる涙を拭った。顔を包みそっと口づけた。
(あっ‥)
大家さんの声にならない声が、俺の口腔の中で聞こえた。
これは望んでいなかったかもしれない。

「……怖いですか?俺の事」

首を振ってしがみつくように飛び込んで来た。
大家さんを体から離し、顔を見た。

「大丈夫?」

大家さんは頷いた。
ベッドに腰掛け、大家さんの顔を両手で包んだ。少し上向かせた。
しばらく見つめ合った。
目線を下ろした。唇を見た‥。
顔を近づけて一瞬止めた。触れそうで触れない距離。…。唇を触れさせた‥。ゆっくりと食む。
確かめるようにゆっくり‥、上唇下唇と。離した。
また触れそうで触れない距離で見詰めた。
甘くて、心臓が…こんなにドキドキしてる。
また…唇に触れた。
< 83 / 159 >

この作品をシェア

pagetop